スタジアム基準の改定に思うこと/六川亨の日本サッカーの歩み2018.12.13 19:30 Thu

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▽12月12日、来月からUAEで開催されるアジアカップの日本代表23名が発表された。これまで招集されたメンバー主体で、ケガで小林悠と三竿健斗、鈴木優磨が外れたくらいで、これといったサプライズはなかった。新天地を模索している香川真司と、海外移籍が濃厚な昌子源は1月の移籍ウインドウと重なるため、森保一監督も招集に配慮したと推測される。▽小さな驚きは浅野拓磨が復帰したくらいで、恐らく西野朗元日本代表監督が秘蔵っ子の宇佐美貴史をロシアW杯のメンバーに選んだように、森保監督にとっても浅野は自身が育成した選手だけに、可愛いのではないだろうか。

▽当日は午後4時40分から定例のJリーグ理事会の報告と、それに続いてJリーグのスタジアム基準の改定が報告された。これまでJリーグは93年の開幕以来、1万5千人収容のスタジアムが義務づけられていた。その後、J2の誕生により1万人収容でナイター設備を完備、さらにJ3の誕生では5千人収容でナイター設備は義務づけないという基準が設けられた。

▽しかしながら、これらの基準を満たすことができず、14年はJ2で5位の北九州がプレーオフに出場できず、17年はJ3優勝の秋田がJ2に昇格できなかった。さらに今年はJ2で4位の町田がプレーオフに出場できなかったのは記憶に新しいところ。

▽そこでJリーグは来年度から例外規定1として、「スタジアムの改修工事に着工しており3年以内に完成可能であれば、(昇格のための)上位ライセンスの取得を可能とする」という期間の短縮を蹴ってした。

▽さらに例外規定2として1)ホームタウンの中心市街地よりおおむね20分以内でのアクセスが可能なこと。2)すべての観客席が屋根で覆われていること。3)ビジネスラウンジやスカイボックス、高密度Wi-Fiを備えていること。4)フットボール専用スタジアムであることという、Jリーグが掲げる「理想のスタジアム」への改修もしくは新スタジアム建設が5年以内に可能であれば、当該するライセンスの取得が可能(例外規定1との併用も可能)とする新たな基準を設けた。

▽こうした改定に基づき、トレーニング施設の整備に関しても3年の猶予期間を設置し、「理想的なスタジアム推進のための補助金」を、1クラブあたり最大1千万円を拠出することも決めた。

▽先月末の当コーナーでも、Jリーグ創設当初に比べて「おらが町のクラブ」が増えている現状では、1万5千人というキャパシティを義務づけるのはそぐわないという原稿を書いた。ようやくJリーグも25年が経ち、ちょっとではあるが現実を認識しているようだ。組織というものは、大組織になればなるほどルールを作った人間がいなくなると、ルールそのものがアンタッチャブルな存在になり、誰も変更しようとしない傾向が強い。

▽Jリーグなら、初代の川淵チェアマンの影響力は絶大だったし、その後の歴代チェアマンも同じ路線を踏襲した。やっと現在の村井チェアマンになって、外国人枠の緩和とホームグロウン制度の導入で、ヨーロッパのリーグに近づけようとしている。そしてスタジアムの規制緩和である。これは歓迎すべき改定と言えるだろう。

▽会見に臨んだクラブライセンスマネジャーの青影氏は、もともとデロイト・トーマツ・コンサルティングで企業再生のコンサルタントを務めていて、地元である大分トリニータの経営危機に際し、手腕を発揮した人物である。

▽その青影氏に、実際にこの制度を利用するクラブがあるのかどうか質問したところ、「クラブ側も手を上げるかどうかで、これまで議論してきた。利用するクラブはいくつもあるだろう。来年の6月末(クラブライセンスの申請)に向けて、クラブと地元ステークホルダー(企業や行政)と協議することになる。何クラブか出るのではと思うので、我々も寄り添っていきたい」と理解を示した。

▽さらに来シーズンは八戸がJ3に昇格するなど、地方クラブの台頭が目立つ。果たしてJ1昇格には1万5千人収容のスタジアムが必要なのかを聞くと、「この議論では1万5千人を下げて欲しいというクラブもあった。まずは基準の緩和に取り組む。それだけでも緩和できる。実際、席について、J2は1万人の個席だったのを、個席は8戦席で2千人は立ち見席でもOKと緩和した」と基準を改定したことを明かした。

▽J1は1万5千人収容というハードルはまだまだ高いが、Jリーグのさらなる検証と検討を期待したい。そして最後に「理想のスタジアム」だ。収益の確保のためにはキャパシティを増やし、ビジネスラウンジやスカイボックスの設置も必要だろう。それと同時に、冷暖房の完備や電気、ガス、上下水道、トイレを始め仮設住宅としての広大な駐車場など「ライフラインとしてのスタジアム」の存在意義も明示して欲しかったというのが正直な感想だ。
【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。
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疑惑のジャッジの舞台裏/六川亨の日本サッカー見聞録

JFA(日本サッカー協会)は7月18日、今年で2回目となるレフェリーブリーフィングを実施した。今回のブリーフィングまで、J1とJ2、J3にルヴァン杯のグループステージ、そして天皇杯を含めて137試合でJクラブと意見交換(疑問の残る試合について検証すること)を実施し、そのうち27パーセントがミスジャッジであることを明かした。 その上で小川佳実審判委員長は今月13日の横浜FM対浦和戦での誤審について、17日に審判委員会を開いて事情説明をしているので、今日は議題から省くと冒頭の挨拶で語った。 疑惑のシーンは、ワンツーで左サイドを突破した遠藤のクロスに、ファーサイドにいたFW仲川とDF宇賀神がもつれながら決めたゴールである。松尾一主審はゴールを認めたものの、浦和の抗議を受けて審判団は協議の上で仲川のオフサイドによりノーゴールとジャッジを覆した しかし9分間の協議の末、再び横浜FMのゴールと認めたのだった。 その経緯を小川審判委員長は、「ゴール直後、第1副審と第4審判がクラブ(横浜FM)の運営から入手した情報(得点者が誰か)をもとに、判定をオフサイドに変更した。主審は、その後審判団と協議する中で、本来得てはいけない審判団以外の情報だと認識し、再びゴールに判定を戻した。両チームの監督に事情説明などをし、試合を再開させた」と説明した。 要するに、本来ジャッジは4人の審判団で下さなければならない。にもかかわらずピッチ外から情報を経てオフサイドと判定を覆したことは、競技規則上、許されることではない。そこで仲川のオフサイドと認めつつも、元の判定であるゴールに戻さざるを得なかったわけだ。 ちなみに浦和の選手交代はプレーに直接関係ないので、次のプレーを再開する前であれば判定を変えることはできるそうだ。 ちなみにレフェリーブリーフィングでは「オフサイド」のテーマで問題のシーンを再現し、仲川はオフサイドポジションにいて、なおかつ手で押し込んでいた。 そして問題はここからである。松尾主審は横浜FMのポステコグルー監督と浦和の大槻監督の2人と両チームの選手に対し「審判が持っている情報で変えたのではなく、変えるきっかけになった情報が外部からのものだと分かったので、申し訳ないが、最初の得点を認めた判断に戻させてください」と説明したという。だから選手らも納得してプレーを再開させたのだろう。 ところが試合後に槙野が「運営が決めること」とメディアに話したことで混乱が広がった。素朴な疑問としてジャッジは審判団が決めるのが常識だ。しかし切り取られた発言で、あたかも決めたのは「運営」との誤解を招いた。 試合後の両チームの監督も、事情が事情だけに59分のシーンについては「ノーコメント」を貫いた。不確かな情報がメディアを通じて拡散された結果、さらなる疑惑を招いたことは否めない。 ミスジャッジの被害者は両チームの選手と監督だが、観戦していたファン・サポーターも事情を知らされていないだけに「?」のジャッジに混乱したことだろう。 大相撲のように場内アナウンスで説明することは難しいかもしれないが、VAR導入までに何らかの策を審判委員会は講ずるべきだろう。 この日、説明を行った上川氏は追加副審がいたとしても、その位置では「選手の背中しか見えないため正確なジャッジは下せなかっただろう。副審からも背中越しのプレーなので正確なジャッジを下せたかどうか。もう少し主審がペナルティエリアの角あたりに移動していれば(仲川と宇賀神の競り合いを)見えていたかもしれない」と述べていた。 ちなみに審判委員会は誤審の松尾主審には1か月の割り当て停止、外部から情報を得た第1副審の相楽亨氏と第4審判の大坪博和氏に1か月の資格停止、第2副審の田尻智計氏は1試合の割り当て停止の処分を科した。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2019.07.18 19:10 Thu
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中島翔哉の恩師が語るドリブラーが育たない理由/六川亨の日本サッカー見聞録

中島翔哉のポルト移籍は今週月曜のコラムでも触れた。彼には新天地で活躍して欲しいところだが、中島のポルト移籍に驚いている人がいる。J2富山時代に監督として指導し、FC東京でもコーチ・監督として練習後のシュート練習に付き合った安間貴義氏だ。 開口一番、「CL(チャンピオンズリーグ)でも上位に勝ち進める可能性のあるチームですよ」と驚きつつ、「本音を言えばポルトではなくベンフィカに行って欲しかった」と残念がった。 安間氏は今年で50歳を迎える。サッカーファンとしては“オールド”の部類に入るだろう。その年代のサッカー関係者からすれば、ポルトは“新興チーム”であり、やはりポルトガルといえば“黒豹”のニックネームで親しまれ、1966年イングランドW杯で得点王となったエウゼビオ擁するベンフィカ・リスボンの方が親しみやすいからだ。 そんな安間氏が中島や、FC東京U-23監督時代に指導した久保建英の凄さについて、次のように説明してくれた。 「普通、ドリブラーに対しての守備は、顔が上を向いている状態、いわゆるヘッドアップしているときは周囲の状況を把握しているためアタックに行くなと言います。そしてボールを見ているとき、ヘッドダウンしているときは視野も狭いためアタックしろと言います。しかしショウヤやタケフサら天性のドリブラーは、ヘッドダウンしていても周囲にいる敵の気配を敏感に感じられるので対処できるのです」 だからこそ、正対するマーカーだけでなくサイドからアタックに来たDFなど3人の敵に囲まれても切り抜けることができるという。 そして日本人指導者の問題点も指摘した。中島のような“相手を剥がせる”ドリブラーは、日本代表では1980年代に活躍した金田喜稔氏や木村和司(元々は右ウイングだった)以降、なかなかいなかった。 一時期は静岡学園や野洲高校がドリブルにこだわる指導で名選手を輩出し、乾貴士がロシアW杯で活躍したのは記憶に新しいところだろう。 安間氏いわく、「ドリブラーを養成するには、指導者がドリブラーとしての経験がないと、なかなか教えられません」と断言する。 そこで現役時代にドリブラーではなかった指導者は、「早くパスをつなぐことを奨励する傾向が強い」(安間氏)そうだ。 ここらあたり、つい最近まで“個で勝負”するのではなく、“組織で勝負”する日本サッカーの弊害かもしれない。そして、それに輪を掛けたのがバルセロナのポジションセッション・スタイルではないだろうか。 バルサの「チキタカ」がもてはやされた時代もあったが、それでもメッシはドリブル突破で状況を打開したし、高速ドリブルのベイルもレアルの大きな武器だ。 中島の活躍により“ドリブラー”の重要性にスポットライトが浴び、第2第3の中島を育成しようとする指導者が現れるのかどうか。今度機会があったら関塚隆技術委員長に育成について聞いてみたいと思う。 2019.07.11 18:00 Thu
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天皇杯2回戦でのジャイキリに思うこと/六川亨の日本サッカー見聞録

昨日3日は天皇杯の2回戦29試合が行われ、J1リーグの4チーム(名古屋、札幌、湘南、松本)が姿を消した。なかでも衝撃的だったのは、名古屋が鹿屋体育大に0-3で完敗したことだ。 名古屋だけでなく、FC東京は桐蔭横浜大に、川崎Fは明治大に1-0の辛勝スタートで、浦和と横浜FMもそれぞれ流通経済大と立命館大に2-1と苦戦を強いられた。 昨日はFC東京対桐蔭横浜大の試合を取材したが、改めて大学勢のレベルアップを痛感した。過去にも大学勢や高校勢がジャイアントキリングを演じたことはあるが、それは堅守速攻での快挙だった。 しかし昨日の桐蔭横浜大は、安武監督が試合後に「私たちは大学生で、相手はJ1で、誰が出てくるのかわからなかったので、普段通り我々のサッカーをしよう。選手も個人個人がこの試合で評価されたかったので、自分たちのサッカーをした」と説明したように、4-4-2の布陣からボールポゼッションによる“普段通り”のサッカーで互角に渡りあった。 もちろんFC東京はリーグ戦から10人を入れ替えるターンオーバーを採用したし、名古屋も外国籍選手はマテウスひとりで、リーグ戦から大幅にメンバーを入れ替えたため本来のチーム力ではなかった面は否めない。 にもかかわらず苦戦を余儀なくされたのは、大学サッカーのレベルアップに他ならないと言っていい。桐蔭横浜大で言えば、創部は1998年と歴史は浅いものの、初代監督は風間八宏氏が務め、FC東京戦にも出場した4年生のMFイサカゼインは来シーズンの川崎F入団が内定しているし、過去にもJリーガーを輩出している。 対戦相手だったFC東京のCB渡辺とFW矢島はいずれも中央大出身で、FC東京の下部組織で育ったものの、ユースやトップに昇格できず、高校サッカーや大学サッカーで頭角を現し、プロ契約にこぎつけた。 近年の高校選手権では東京や埼玉のチームがなかなか上位に勝ち進めないが、優秀な選手はJクラブの下部組織を選択し、そこで揉まれてもトップに昇格できなければ大学に進学してプロを目指す。いわば大学サッカーは違った意味でプロ予備軍となっている精鋭揃い。このためJクラブのセカンドチームでは苦戦を余儀なくされても当然と言える。 ただ、「日本最古のカップ戦」とうたう天皇杯が、それもプロリーグのトップチームが“ベストメンバー”を出さずにアマチュアに敗れていいのかという疑問も残る。 Jクラブとしては、最優先すべきはリーグ戦での優勝争いであり残留争いというのが本音なのも理解できる。大学勢にしてもトップ選手はイタリア・ナポリで開催中のユニバーシアードに参加しているため2回戦はベストメンバーとは言えないチームもあった。 お互いに“それぞれの事情”を抱えての天皇杯2回戦だったが、選手が疲弊しないよう、J1クラブの出場は4回戦からにするとか、年間の試合数を減らしてクオリティーの高い試合になるよう再検討してはいかがだろうか。 このままでは天皇杯へのJ1クラブのモチベーションは下がる一方だろう。ルヴァン杯も含めて大会の見直しが必要だと感じた昨日の取材だった。 <hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2019.07.04 16:30 Thu
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なでしこジャパン高倉監督の目標は東京五輪でメダル獲得のはず/六川亨の日本サッカー見聞録

コパ・アメリカの日本はグループリーグで敗退し、なでしこジャパンも決勝トーナメント1回戦でオランダに終了間際に与えたPKからの失点で1-2と敗れ、3大会連続の決勝戦進出はならなかった。 U-20W杯ポーランド、トゥーロン国際大会と6月は代表マッチが目白押しで、いずれもテレビ放送(コパ・アメリカはDAZN)で楽しめたが、もう少しなでしこジャパンの試合を見たかったと思う読者も多いのではないだろか。 決勝点となるPKを与えたキャプテンの熊谷は、8年前のアメリカとの決勝戦でPK戦の5人目のキッカーとして登場し、初優勝を決めた選手だけに、不思議な縁を感じる。 そして一部報道では高倉麻子監督の手腕を問う記事も目にした。確かに代表メンバー発表の際は、なでしこリーグ3年連続得点王の田中美南(日テレべーレーザ)を外した理由が今ひとつ明確ではなかったり、永里優季(シカゴ・レッドスターズ)と川澄奈穂子(スカイブルー)ら海外組を外したりしたのもその一因だろう。 高倉ジャパンにとっては若返りもテーマだっただけに、2人のベテランを外したのは理解できないでもない。その代わり、自身が率いてW杯で優勝したU-17やU-20から多くの選手を引き上げて若返りを敢行した。このため高倉監督を始めW杯を初めて経験する選手も多かったし、それなりの経験を積んだことだろう。 しかしながら現時点での監督交代は“百害あって一利なし”だ。そもそも女子サッカーは、男子と違いW杯よりも五輪を重視する。レジェンドの澤穂希を始め歴代の選手は「W杯より日本では注目度の高い五輪でメダルを取ることで女子サッカーの認知度を高めよう」と努力してきたからだ。 このため今回のW杯は、来年の東京五輪への強化の一環であり、得られた教訓は女子サッカー大国アメリカとドイツだけでなく、ヨーロッパ勢の急速なレベルアップだ。なでしこジャパンが簡単に勝てる相手は年を追うごとに少なくなっている。 そして、監督を代えようにも候補者がいないのも女子サッカーのネックになっている。前任者の佐々木則夫監督はW杯優勝1回、準優勝1回に加えロンドン五輪では銀メダルを獲得した名将である。しかし07年からリオ五輪出場を逃した16年まで10年間の長きにわたって監督を務めた。 主力選手が固定されたため若返りを指摘する声もあり、実際に佐々木監督もヤングなでしこの選手を招集して起用したものの、ベテラン選手を脅かすことはできずに世代交代は進まなかった。 技術委員会内部では、15年のカナダW杯後に佐々木監督には勇退してもらい、高倉氏を監督に推す声もあった。しかしリオ五輪まで1年しか準備期間がないこと、監督が代わっても主力選手の顔ぶれは変わらないだろうこと、そしてもう1点、決定的な不安要素があった。 ある関係者は言った。「高倉はなでしこジャパンの切り札です。もしも初舞台となるリオ五輪の出場権を逃すようなことがあれば監督交代となる。高倉には傷をつけたくないんです」というのが監督交代を見送った最大の理由だった。 そしてこの不安は的中した。2月から3月の寒い時期に日本で開催したアジア最終予選ではオーストラリアに1-3と完敗し、中国にも敗れ2勝1分け2敗の3位にとどまり3大会連続して出場していた五輪の出場権を逃した。 話を高倉監督に戻すと、現時点で高倉監督に代わる有力な候補者はいない。これは、なでしこジャパンの構造的な欠陥でもある。歴代の監督は黎明期の1986年に就任した鈴木良平氏、1996年に就任した鈴木保氏(元日産監督)、宮内聡(元日本代表)以降はJFA(日本サッカー協会)の技術委員が監督を務めてきた。 2002年~2004年にかけては元マカオ男子代表監督の上田栄治氏、2004年から2007年にかけては元アルビレックス新潟・シンガポールの監督だった大橋浩司氏、そして07年からは大橋監督のコーチだった佐々木氏が監督に就任した。 男子の日本代表監督は、98年フランスW杯の岡田武史監督以降、外国人監督を招聘してきた。昨夏のロシアW杯では大会直前に西野朗氏がヴァイッド・ハリルホジッチに代わって2010年の南アW杯以来となる日本人監督でチームをベスト16に導いた。 西野氏が代表監督に抜擢されたのはG大阪時代にJ1リーグを始め数々のタイトルを獲得した実績があるからだ。そして西野氏の後任に代表監督に就任した森保一監督も広島の黄金時代を築いた手腕を高く評価されたからだろう。 ところが女子の場合は、なでしこリーグでいくら結果・実績を残しても、代表監督の候補に上がることすらない。過去にはそれに不満を抱き、海外での指導者に転身した監督もいた。 なでしこジャパンの監督になるための明確な基準がJFAにはないことによる悲劇でもある。ポスト高倉は現コーチの大部由美が有力候補と思われるが、監督候補にはなでしこリーグの監督も含め、明確な基準を示して欲しいと願わずにはいられない。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2019.06.27 21:30 Thu
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レアル移籍で久保は東京五輪に出場できない?/六川亨の日本サッカー見聞録

現在ブラジルで開催中のコパ・アメリカだが、テレビ中継しているのはインターネットのDAZNだけ。放映権を取得する時点で選手を招集するのに強制力がなく、海外組はオフシーズン、国内組はJ1リーグの真っ最中ということもあり、東京五輪候補が主力になるだろうとの予測のもと、NHKを始め民放各社は手を上げなかった。 フタを開けてみれば、U-20W杯に出ると思われていた久保建英と安部裕葵が呼ばれ、なおかつ久保はレアル・マドリーに移籍が決まったため、がぜん注目度が急上昇。放映権を見送ったNHKを始め民放各社は地団駄を踏んでいるかもしれない。 本来、日本代表の試合は広く日本国民に見てもらうため、無料での視聴がJFA(日本サッカー協会)の務めだろう。その義務を怠ったそしりは免れないが、DAZNが手を上げなければ試合そのものを視聴できなかった可能性もあっただけに、今回は致し方ないといったところか。 といったところで本題に入ろう。チリ戦では新聞各紙をはじめネットでも久保のプレーを賞賛する記事が多かった。試合は0-4の完敗だっただけに、ポジティブな要素が久保しかなかったのは頷ける。ただし、チリ戦後の記事を読んで気になったこともある。 「久保を東京五輪の中心選手に」といった論調だ。 久保のレアル移籍に関し、所属元のFC東京の大金直樹社長は「6月4日で契約は切れているため、移籍交渉にはまったく関与していません」と明言していた。久保サイドとレアルが直接交渉したことになる。 そこでブラジル在住で、古くからサッカーダイジェストに寄稿していたフリージャーナリストの沢田啓明氏が興味深い記事を書いた。スペインのマルカ紙はレアルと密接な関係があり、同紙の記者が練習場に来たので直撃したところ、次のようなことが判明した。 「バルセロナは年俸がBチームの選手として上限の3050万円で、最初の2年間はBチーム」に対し、「レアルは手取りで年俸約1億5千万円、税金を含めると総額2億4千万円の5年契約を提示し、Bチームでプレーするのは1年間」というものだ。 今夏、7月中旬にバルセロナとチェルシーが来日し、神戸や川崎Fなどとフレンドリーマッチを行う。同様にレアルはアメリカツアーを実施し、久保のレアル合流はこのアメリカツアーが有力視されている。 そこで来夏の東京五輪である。サッカー競技は開会式の2日前の7月22日に開幕戦を迎え、8月8日が決勝戦となっている。今年に当てはめるならレアルのアメリカツアー(7月21日から27日にかけてバイエルン・ミュンヘン、アーセナル、アトレチコ・マドリーと対戦)とモロに被っているのだ。 バルセロナなら2年間はBチームのため、久保の東京五輪出場を認めたかもしれないが、レアルなら、来年の7月はトップチームに昇格し、ポジション争いをしなければならない重要な時期だ。 そこで東京五輪に出場することをレアルが許すかどうか。また久保自身がトップチームに昇格しながらチームから離脱するかどうかは、はなはだ疑問だ。 田嶋幸三JFA会長は「東京五輪は男女とも金メダルを狙う」と公言しているものの、久保の移籍に関して関塚隆技術委員長がレアルと東京五輪の出場に向けて交渉したとは考えにくい。これが、もしもFC東京が移籍交渉に絡んでいれば、その可能性はほんの数パーセントだがあったかもしれない。 また久保自身がレアルに対して東京五輪への出場を移籍条件に含めたかというと、その可能性はゼロだろう。今年2月の沖縄キャンプを取材した際に、久保にU-20ポーランドW杯の抱負を聞いたところ、「まだ選ばれていないのでお答えできません」という返事だった。 仮定の質問には答えない。なぜなら選ばれなかったら恥をかく――それが久保流のプライドでもあるからだ。 このため久保を中心とした五輪のチーム作りはリスクを伴う。それは3年前のリオ五輪で久保裕也を招集できなかった前例からも明らかで、同じことは海外組の堂安律や冨安健洋にも当てはまる。 最強チームを作りたくても作れない状況に陥りかねないのが東京五輪の男子チームと言える。関塚技術委員長がどうネゴシエイトするのか、責任は重大である。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2019.06.21 12:00 Fri
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