アギーレ監督、斬新で惨敗ええじゃないか
2014.09.06 08:00 Sat
<国際親善試合:日本0-2ウルグアイ>◇5日◇札幌ドーム
アギーレジャパンの初陣は「サプライズのち、消化不良」に終わった。日本代表(FIFAランク44位)はハビエル・アギーレ監督(55)の就任初戦で格上ウルグアイ(同6位)と対戦し、敗れた。FW皆川佑介(22)、DF坂井達弥(23)の初招集2人を先発でサプライズ起用。W杯ブラジル大会でセンターバックを務めたDF森重真人(27)を中盤の底で先発させ、柔軟な布陣変更を行うなど「アギーレ流」を見せたが、こだわっていた勝利は挙げられず、消化不良の結果となった。
「中米の闘将」は初陣で黒星を喫した直後も、穏やかな表情を浮かべていた。アギーレ監督は「チームが戦えたことには満足している。競争して負ける気持ちにならず、失点しても落ち込まなかった。今日はチーム全体より、個々を見た方が満足できた」と話した。
試しながら勝つ-。代表監督の矜持(きょうじ)を口にしていた指揮官は、その言葉通りに動いた。初招集のFW皆川、坂井をサプライズ先発、FW武藤、MF森岡も途中出場で代表デビューさせた。森重はW杯ブラジル大会のセンターバックではなく中盤の底で起用。「今日はいくつかのことを試せた」と満足感を示した。
「Compromiso(コンプロミソ)」。8月11日の就任会見で、責務、成功への断固たる決意を意味するスペイン語をキーワードに挙げた。そしてこの日の試合前、選手たちに「誇りを持ち、このユニホームのためにどのチームとも戦わなければならない」と伝え、送り出した。国、そして勝利への責務を背負うという信念を選手の心に刻み付けた。
前任のザッケローニ監督が布陣を固定した一方で、アギーレ監督は開始早々は3-4-3で臨み、4-3-3、4-4-2と布陣を変更。ザックジャパンでは短いパスをつなぐことに強いこだわりがあったが、ロングボールを要所でまじえた攻撃も披露した。「毎回同じプレーでは読まれる。パスとロングボールを両方使った」。柔軟な試合運びを選手に求めた。
8月11日の来日から短い準備期間でも最善を尽くす姿があった。繰り返されたスタッフ会議で「議長」を務め、スタッフの視察報告を受けると「その選手は左足は蹴れるのか?」「他のポジションはできるのか?」「浮き球の処理はどうか?」と、スタッフが答えに窮するほど質問攻めにした。ただ、スタッフの意見も尊重する。常に紳士的に、全力で物事に臨んだ。
ベンチ前で選手を鼓舞したが、強くこだわる勝利は挙げられなかった。W杯フランス大会後の日本代表監督の就任初戦で初めて敗れた監督となった。「ボールがない時に集中が切れる選手がいた。ボールをもっと速く動かす必要もある。練習、練習、練習でやるしかない」。結果、内容ともに消化不良だったが「ウルグアイのような強豪相手にDFが2つのミスをしたら勝てない。今日は相手の経験と自分たちのミスで負けた。ここから学ばなければならない」。毅然(きぜん)と話したアギーレ監督の手腕が日本を進化させる。【菅家大輔】
◆ハビエル・アギーレ 1958年12月1日、メキシコ市生まれ。現役時代メキシコ代表として86年W杯8強。監督としてメキシコの数クラブを指揮後、メキシコ代表を率い02年W杯日韓大会16強。スペインに渡りオサスナ、Aマドリードで監督を務め、10年W杯南アフリカ大会で再びメキシコ代表を率い16強。その後、サラゴサ、エスパニョールを指揮。
▼日本代表監督が初陣で黒星を喫したのは、加茂監督が率いた1995年のナイジェリア戦以来となった。97年に就任した岡田監督以降、延べ6人が勝つか引き分けて発進していた。ザッケローニ前監督のデビュー戦もアルゼンチンを1-0で破る金星だった。
提供:日刊スポーツ
アギーレジャパンの初陣は「サプライズのち、消化不良」に終わった。日本代表(FIFAランク44位)はハビエル・アギーレ監督(55)の就任初戦で格上ウルグアイ(同6位)と対戦し、敗れた。FW皆川佑介(22)、DF坂井達弥(23)の初招集2人を先発でサプライズ起用。W杯ブラジル大会でセンターバックを務めたDF森重真人(27)を中盤の底で先発させ、柔軟な布陣変更を行うなど「アギーレ流」を見せたが、こだわっていた勝利は挙げられず、消化不良の結果となった。
「中米の闘将」は初陣で黒星を喫した直後も、穏やかな表情を浮かべていた。アギーレ監督は「チームが戦えたことには満足している。競争して負ける気持ちにならず、失点しても落ち込まなかった。今日はチーム全体より、個々を見た方が満足できた」と話した。
試しながら勝つ-。代表監督の矜持(きょうじ)を口にしていた指揮官は、その言葉通りに動いた。初招集のFW皆川、坂井をサプライズ先発、FW武藤、MF森岡も途中出場で代表デビューさせた。森重はW杯ブラジル大会のセンターバックではなく中盤の底で起用。「今日はいくつかのことを試せた」と満足感を示した。
「Compromiso(コンプロミソ)」。8月11日の就任会見で、責務、成功への断固たる決意を意味するスペイン語をキーワードに挙げた。そしてこの日の試合前、選手たちに「誇りを持ち、このユニホームのためにどのチームとも戦わなければならない」と伝え、送り出した。国、そして勝利への責務を背負うという信念を選手の心に刻み付けた。
前任のザッケローニ監督が布陣を固定した一方で、アギーレ監督は開始早々は3-4-3で臨み、4-3-3、4-4-2と布陣を変更。ザックジャパンでは短いパスをつなぐことに強いこだわりがあったが、ロングボールを要所でまじえた攻撃も披露した。「毎回同じプレーでは読まれる。パスとロングボールを両方使った」。柔軟な試合運びを選手に求めた。
8月11日の来日から短い準備期間でも最善を尽くす姿があった。繰り返されたスタッフ会議で「議長」を務め、スタッフの視察報告を受けると「その選手は左足は蹴れるのか?」「他のポジションはできるのか?」「浮き球の処理はどうか?」と、スタッフが答えに窮するほど質問攻めにした。ただ、スタッフの意見も尊重する。常に紳士的に、全力で物事に臨んだ。
ベンチ前で選手を鼓舞したが、強くこだわる勝利は挙げられなかった。W杯フランス大会後の日本代表監督の就任初戦で初めて敗れた監督となった。「ボールがない時に集中が切れる選手がいた。ボールをもっと速く動かす必要もある。練習、練習、練習でやるしかない」。結果、内容ともに消化不良だったが「ウルグアイのような強豪相手にDFが2つのミスをしたら勝てない。今日は相手の経験と自分たちのミスで負けた。ここから学ばなければならない」。毅然(きぜん)と話したアギーレ監督の手腕が日本を進化させる。【菅家大輔】
◆ハビエル・アギーレ 1958年12月1日、メキシコ市生まれ。現役時代メキシコ代表として86年W杯8強。監督としてメキシコの数クラブを指揮後、メキシコ代表を率い02年W杯日韓大会16強。スペインに渡りオサスナ、Aマドリードで監督を務め、10年W杯南アフリカ大会で再びメキシコ代表を率い16強。その後、サラゴサ、エスパニョールを指揮。
▼日本代表監督が初陣で黒星を喫したのは、加茂監督が率いた1995年のナイジェリア戦以来となった。97年に就任した岡田監督以降、延べ6人が勝つか引き分けて発進していた。ザッケローニ前監督のデビュー戦もアルゼンチンを1-0で破る金星だった。
提供:日刊スポーツ
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