若手は、なぜ伸び続けられるのか。
その答えは、一つひとつの「成長のフェーズ」をどう積み重ねるかにある。鹿島アントラーズの濃野公人の歩みから見えてきた、進化し続けるための思考と実践とは。
ユース年代からトップまでを追い続けるサッカージャーナリスト・安藤隆人氏が、その本質に迫る。
成長は「フェーズ」でつながっていく
明治安田J1百年構想リーグ、鹿島アントラーズ対ジェフユナイテッド千葉の一戦。右サイドバックとして出場した濃野公人のプレー、そして試合後のミックスゾーンでの言葉を聞き、「成長のフェーズ」という言葉が頭に浮かんだ。
人は成長の過程において、いくつもの段階(フェーズ)を経る。これまでできなかったことに挑戦し、それができるようになることで次のステップへ進む。一方で、できていたことを見直し、基礎を再構築する「原点回帰」も必要だ。
つまり、「進化」「地固め」「成熟」という要素を繰り返しながら、人は成長していく。このフェーズをつなぎ合わせていかなければ、成長のスピードは鈍り、信念という軸も揺らいでしまう。
濃野は、そのフェーズを丁寧につなぎながら、プロの世界で着実に成長を遂げている。
アタッカーからSBへ──濃野公人の転換点
彼の原点は、攻撃的な選手だった。サガン鳥栖U-15から熊本県立大津高校へ進学し、FWやトップ下、サイドハーフとしてプレー。スピードと技術を生かしたアタッカーとしてゴールに迫っていた。
「小学生の頃から、どうやって勝つかを考えてプレーしていた」という言葉通り、身体能力だけに頼らず、ゴールから逆算した駆け引きを身につけていた。
関西学院大学に進学後もFWとしてプレーしていたが、2年時に右サイドハーフへ、そして3年時に右サイドバックへコンバートされる。
当初は戸惑いもあったが、「新たなフェーズ」と捉えたことで視界が開けた。179cmのサイズとスピードを攻守両面で生かせるポジションであり、さらに攻撃で培った感性を還元できると気づいたからだ。
プロで掴んだ成功と「地固め」の時間
鹿島アントラーズに加入したプロ1年目、濃野はいきなり開幕スタメンを掴むと、そのままレギュラーに定着。攻撃力を発揮し、DFながら9ゴールを記録するなどインパクトを残した。
しかし、順風満帆ではなかった。負傷の影響で出場機会を失った時期、彼は「地固め」のフェーズに入る。
「もう一度戦えるフィジカルを」と、上半身や股関節、踏み込み、膝周辺の強化に取り組み、連戦では鍛えきれない部分に向き合った。
その成果もあり、シーズン終盤には再び主力として復帰。チームの優勝にも大きく貢献した。
新たなフェーズへ──“守備者”としての進化
そして今、濃野は新たなフェーズに入っている。それが「守備者」としての進化だ。
千葉戦では、これまでの攻撃参加に加え、ネガティブトランジション時のカバーリングや、守備強度の向上が際立っていた。特に、CBの間に生まれるスペースへの対応やラインコントロールなど、チーム全体の守備を支える動きが印象的だった。
本人もこう語る。
「今は“守備者”としての意識を高めています。攻撃はある程度自分の中で形になってきた。でも、守備の部分でもっと違いを出さないといけない」
単に自分のエリアを守るのではなく、危険なスペースを埋め、ボールを奪いに行く。状況に応じてポジションを調整しながら、積極的に守備に関与する——その意識が明確だった。
その背景には、より高いレベルへの意識がある。
「世界で戦うためには、『技術・強さ・スピード・サッカーIQ・メンタル』のすべてが必要。自分は守備の数値がまだ低いと感じた」
日々のトレーニングでは、前に出る守備、連続した対応、スペースの管理など、強度とスピードを伴うプレーを積み重ねている。
「これは進化であり、原点回帰でもある」
その言葉が示す通り、彼は今、新たなフェーズを積み上げている最中だ。
間違いなくJリーグ屈指の右サイドバックへと成長を遂げた濃野。その裏には、地道にフェーズをつなぎ続ける努力がある。
この積み重ねこそが、さらなる飛躍へとつながっていくはずだ。
取材・文=安藤隆人
大学卒業後、地元の第一地方銀行に就職するも、フリーサッカージャーナリストとして週末だけ活動。2005年7月に5年半勤めていた銀行を辞め、単身上京してフリーの道へ。高校、大学、Jリーグ、日本代表、海外サッカーと幅広く取材し、これまで取材で訪問した国は40を超える。本の著作・共同制作は14作。最新作は『ドーハの歓喜 2022 世界への挑戦、その先の景色』と早川史哉の半生を描いた『ともに歩き出す』(徳間書店)。NumberWebで11年連載などの執筆活動以外にも講演・講師活動と、東海大学リーグ1部に所属する名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクターを兼務する。W杯も2大会連続取材予定。
ユース教授・安藤隆人の「育成ノート」

