高校時代、世代を代表するサイドバックとして注目を浴びた流通経済大4年の大川佳風。しかし、大学では度重なる怪我に苦しみ、ピッチから遠ざかる時間が続いた。立ち止まった3年間で自分と向き合った男が、ようやく掴んだ自分らしさと、仲間への感謝とは――。
高校では「常にピッチの主役」も、大学では苦難の連続
高校年代で注目を集めた選手が、そのまま順調にプロへの階段を駆け上がっていくとは限らない。むしろ、華やかに見えるエリート街道の先に何が待っているのかは、誰にも分からない。
流通経済大4年のDF大川佳風はそれを身をもって知った選手の1人だ。9月9日、総理大臣杯準決勝・立正大戦。流経大のスタメンに背番号16の名前があった。本職とは逆の左サイドバックに入った大川は、何度も激しい上下動を繰り返し、攻撃の際には鋭い突破とカットインから両足のクロスでチャンスを演出し、守っては全速力で戻って身体を張ったディフェンスを見せるなど、後半20分までプレーし、2-1の逆転勝利と決勝進出に貢献した。
「今年の関東2部リーグはまだ1試合も出ていません。ようやくここで公式戦に出ることができました」
試合後のこの言葉が、彼が歩んできた時間の重さを物語っていた。実はこの総理大臣杯は彼にとって実に約1年3ヶ月ぶりのトップチームでの出番だった。1回戦の鹿屋体育大戦で今季初出場をスタメンで飾り、2回戦の福岡大戦と準々決勝の日本体育大戦はベンチ外となるも、準決勝でスタメンに返り咲いた。そして、勝利に貢献し、ファイナリストになった。
全国大会はもちろん初めてではない。FC多摩ジュニアユース時代は不動のレギュラーとして日本クラブユース選手権(U-15)でベスト8、流通経済大柏高校2年時には右サイドバックのレギュラーとしてプレミアリーグEASTでプレー。U-17日本代表、さらに一世代上のU-18日本代表候補にも招集された。3年時にはキャプテンを任されるなど、高校年代を代表するサイドバックの1人として注目を浴びた。当然、本人にも青写真があった。
「高校から大学に上がって、すぐ活躍してトップでプレーして、早い段階でプロ内定という理想像はありました」
だが、現実は大きく異なった。大学1年時は左足の疲労骨折でほぼ1年間を棒に振った。2年時はセカンドチームに当たるクラブ・ドラゴンズでプレーし、3年時の前期にようやく関東大学リーグ(当時は1部)デビューを果たしたが、出場した5試合は全て途中出場で、延べプレー時間は60分程度に留まり、スタメン出場は一度もなかった。
さらに夏には右脛を疲労骨折し、貴重な大学3年生の半年を棒に振ると、最終学年となった今季も、復帰して6月のアミノバイタルカップ(総理大臣杯関東予選)を目前にしたところで左ハムストリングを肉離れし、再び離脱を強いられた。
高校時代は常にピッチに主役として君臨していた男が、大学ではプレー時間よりもスタンドから仲間を見つめる時間の方が長くなった。それでも、大川はこの3年間を単なる『空白』だとは捉えていない。
「サッカーができなくてもチームのために動く、立ち振る舞うことはずっと意識してきた。だから腐らなかったし、4年生になって試合に絡めるとなった時に、出ていない人たちの思いとか、その人たちの分までという熱い気持ちを持ってやれるようになった」
「自分の本当の実力以上に」輝いていた高校時代と向き合った

そう思えたのは、輝いていた高校時代の自分との向き合い方によるものが大きかった。
「あの頃は全てがトントン拍子で行きすぎたのかなと思います。でも、それで相応の自信をつかめたかと言われたら、むしろ逆でした」
決して天狗になっていたわけではない。U-17日本代表に入り、一世代上の代表にも呼ばれ、周囲からの評価は急速に高まっていった。しかし、本人の心はそのスピードについていけていなかった。
「ずっと自分はそのレベルまでまだ達していないのに、どんどん周りの環境が変わっていった。運が良かったというか、自分の本当の実力以上に物事がテンポよく行ってしまったんです」
代表活動でも「うまくやろう」と考えすぎて、自分の持ち味を出し切れなかった。体格やスピードを含め、トップレベルに身を置いて自らの現在地を突きつけられた。だからこそ、大学で立ち止まった時間には意味があった。
「怪我をした時に、ようやく自分とじっくり真正面から向き合うことができたんです」
自分を見つめるだけではない。スタンドから試合を見る、応援する側に回る、サポートする側に回る。1年生チームやクラブ・ドラゴンズ、リハビリの期間にそれまでとは異なる立場に置かれたことで、初めて見えてきたものがあった。
「ピッチに立つ選手だけでサッカーは成り立っているわけではない。いろんな立場を知ることができたからこそ、いざ自分がピッチに立つには、いろいろな人との関わりやそれに対する義理や責任感が生まれる。それがとても大事なことなんだと思っています」
「先を見過ぎずに」立ち止まった時間が育てた感謝

同期にはプロ入りを決めた選手もいる。離脱している間、次々と後輩たちが頭角を表して躍動している。焦りがないわけではない。それでも、もう未来を先回りして追いかけようとはしない。
「すべては目の前のことを一生懸命やった先に、プロなどの未来があると思う。先を見過ぎずにやりたいです」
総理大臣杯決勝の国士舘大戦、大川はベンチスタートだった。それでもベンチから仲間たちを鼓舞し、サポートをし続け、後半40分にピッチに投入されると、1点のリードを守るべくチームのために走り、優勝の瞬間をピッチで味わった。
初めての全国制覇。高校時代、自分よりも速く進んでいくように感じていた時間。大学では、その時間が何度も止まった。だが、立ち止まったからこそ見えた自分がいて、仲間たちや親身になってくれる大人たちがいて、何よりそこには大好きなサッカーがあった。
遠回りの末に全国のピッチへ。「目の前の一歩」を踏みしめる
高校年代のトップランナーの1人だった大川佳風は、遠回りの末にようやく全国のピッチへ帰ってきた。ここから先にどんな未来が待っているのかは、まだ分からない。だからこそ今は、仲間たちと掴んだ全国制覇を大切に胸に刻みながら、目の前の一歩を踏みしめる。
取材・文=安藤隆人
大学卒業後、地元の第一地方銀行に就職するも、フリーサッカージャーナリストとして週末だけ活動。2005年7月に5年半勤めていた銀行を辞め、単身上京してフリーの道へ。高校、大学、Jリーグ、日本代表、海外サッカーと幅広く取材し、これまで取材で訪問した国は40を超える。本の著作・共同制作は14作。最新作は『ドーハの歓喜 2022 世界への挑戦、その先の景色』と早川史哉の半生を描いた『ともに歩き出す』(徳間書店)。NumberWebで11年連載などの執筆活動以外にも講演・講師活動を小学校、中学校、高校、大学、企業と年10回ほど幅広く行っている。元・名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター(2022年10月〜2026年4月)、現・國學院大學体育連合会蹴球部コーチも兼務する。W杯も2大会連続取材。
ユース教授・安藤隆人の「育成ノート」
- なぜ若手の成長は止まるのか? ポストユースで見えた“決定的な差”
- なぜ選手は伸び続けられるのか? 濃野公人に見る「成長のフェーズ」
- なぜリーダーはピッチ外で育つのか? “俯瞰する力”の正体
- 内に秘めないリーダー ポジティブさでチームを動かすCBの現在地
- “無名”からエースへ——中体連出身FW・徳能大智が示す、這い上がる力
- 「謙虚」と「利他」を体現する理由 国士舘大・百瀬健が貫く“やり続ける力”
- なぜ吉田湊海は一瞬で決められるのか。勝負を分ける“ボールフォーカス力”の本質
- なぜ鹿島アントラーズユースの大貫琉偉は決められたのか。“アップがピッチに出た”45m弾の真実
- なぜエースストライカーは苦しむのか。キャプテンとの両立が生む葛藤――岡崎慎司も乗り越えた壁と内海心太郎の現在地
- なぜ人は「人生のY字路」で成長するのか。プロを断った決断──早稲田大FW大西利都がたどり着いた“覚悟の思考”
- 日体大柏×柏レイソル、“準アカデミー”が育む才能――10番・安塚悠真の現在地
- 「日本一の競争がある場所」で何が起きているのか――2年生ストライカー・熊木虎太郎が映す流通経済大柏の強さ
- 鈴木彩艶の背中を追って――浦和レッズユースGKマルコムアレックス恵太が抱く尊敬とライバル心
- 「どっちにも置きたい」フロンターレの新たな武器。山原怜音が磨く“左右対称”の価値
- Jを経ずに世界へ。ンワディケ・ウチェ・ブライアン世雄が選んだ“逆算の海外挑戦”
- 悩み、もがき、それでも前へ 前橋育英GK南京佑の現在地とリベンジへの決意
- W杯で話題の新ルールは日本で先行していた インターハイとクーリングブレイクの関係性
- 「兄が届かなかった場所へ」——地元の誇りを背負う米子北FW大原暁、覚悟の3年間と背中で示す証明
- ライバルと紡ぐ“守護神の絆”。昌平高197cmGK土渕璃久が背負う感謝と責任
- 「誰よりもうまくなりたい」中村龍剛がキャプテンの重圧の先で見つけた答え。父・憲剛から受け継ぐ“自分を高める”という覚悟
- 「強い滝二を取り戻す」滝川第二を16年ぶり全国ベスト4へ。小森康宏監督が受け継ぐ“黒田イズム”と名門復活への情熱
- 「お祭り男」池谷銀姿郎がプロの厳しさを知った45分。恩師と仲間が見守る中で痛恨のミスから学んだ「転んだら起き上がる」力
- 「U-21 Jリーグを意義あるものにするかは選手自身にある」FC東京・高宇洋が若手に伝えたい大切なこと
- 高校時代は「自分が追いついていない時間」だった。流通経済大4年・大川佳風が立ち止まった3年間で掴んだ自分らしさと感謝

