強豪校に地元出身として飛び込むことは、挑戦であると同時に覚悟の選択でもある。全国から実力者が集う環境の中で、何を信じ、何を背負って戦うのか。米子北の背番号9を託された大原暁の歩みには、競争を生き抜く意味と、地元に示すべき“証明”が刻まれている。
地元出身だからこそ背負う、強豪校の現実
強豪校になればなるほど、全国各地から実力者たちが集まり、チーム内競争は一気に激しくなる。それが都市圏ではなく地方になればなるほど、地元の選手たちにとっては、県外からやってくる選手たちとの競争の厳しさをより身近に感じることになる。年代によっては、県外出身者がチームの多くを占めることもある。
もちろん、越境入学の是非を論じたいわけではない。むしろ地元の選手たちは、その強豪校のレベルの高さや競争の厳しさを幼い頃から目の当たりにしている。だからこそ、いざ高校進学の際にそのチームを選ぶことには、相当な覚悟が必要になるということだ。
地元でも全国トップレベルの力を持つクラブでプレーしていたり、複数の県外強豪校から声がかかるほど突出した個を持っていたりすれば、その道を迷わず選べるかもしれない。だが、そうでなければ決して簡単な決断ではない。
現在、福島県で開催されているインターハイ。昌子源、佐野海舟という2人のW杯戦士を筆頭に、多くのプロ選手を輩出してきた鳥取県の強豪・米子北に、その覚悟を持って入学し、3年生になってエースストライカーの座を掴んだ男がいる。
憧れと原点——純白のユニフォームを追いかけて

FW大原暁はYonago Genki SC U-15からやってきた。中学1年生までは鳥取セリオでプレーし、中学2年生になると、通っていた米子市立加茂中学校サッカー部で1年間プレー。そして中学3年生に上がるタイミングで創設されたYonago Genki SC U-15に加入した。
「中2の時に中体連を経験して、自分が引っ張っていかないといけない自覚や、周りをカバーするプレーなど、大切なことを学ぶことができました」
サッカーの楽しさを感じていく中で、幼い頃から憧れていた純白のユニフォームへの思いは日に日に強くなっていった。
「どらドラパーク米子陸上競技場によく米子北の試合を観に行っていたんです。選手権予選やプレミアリーグで戦う姿を見て、すごく応援をしていましたし、『あのユニフォームを着てプレーしたいな』と思うようになりました」
兄の背中が灯した覚悟と3年間の下積み
ただ、入学を決める際には、そこに厳しい現実が待っていることも十分に理解していた。彼には3学年上の兄がいる。その兄も覚悟を持って米子北の門を叩いたが、3年間、一度もAチームに上がることができなかった。
だが、その兄の姿こそが大原の闘争心に火をつけた。
「兄はどんな時も努力することをやめませんでした。兄は自宅生だったので、どんなにうまくいかない中でも3年間ずっとめげずにサッカーに取り組んでいた姿を見てきたんです。兄が上のカテゴリーに上がれなくて、部屋で泣いている姿も見たことがあります。それでも折れずに家でも近所の公園でも自主練を欠かさずやって、時には僕を誘ってくれて、誰も周りが見ていない場所で3年間努力を重ね続けた。小さい頃の僕は努力することが苦手だったのですが、そんな兄の姿を見て『俺もやらなきゃ』と思いましたし、米子北に決めたのも、兄が掴めなかったものを僕が掴み取りたいと強く思ったからです」
県外から集まった実力者たちとの厳しい競争に打ち勝つためには、並大抵の努力では足りない。どれだけ努力をしても、3年間トップチームに上がれない可能性だってある。その現実を知っていればこそ、不安が先に立ち、別の選択肢を選ぶこともあるだろう。
だが、大原は兄が見せてくれた背中を、自らの覚悟と3年間をやり抜くためのモチベーションに変えた。
「どんなに苦しくても絶対にレギュラーを取る気持ちでやってきました」
卒業後、消防士になった兄の思いも胸に刻み、地元の強豪校の門を叩いた。昨年まではその分厚い壁を打ち破ることができなかった。それでも、持ち前のスピードと鍛え上げたフィジカル、2年間で叩き込まれた守備のスキルと強度を磨き続けた。
背番号9の証明——地元に示す「自分がやる」という意志
最終学年を迎えた今年、FWとしてAチーム昇格と同時にレギュラーの座を掴み取った。
プレミアリーグWESTでは開幕戦から2トップの一角としてプレー。身体を張ったポストプレーと鋭い裏への抜け出し、さらに中盤まで落ちてボールを受け、ターンからドリブルで運び出すなど、攻撃の起点として存在感を放った。第6節の東山高戦では待望のトップチーム初ゴールをマーク。第9節のファジアーノ岡山U-18戦、第11節の神村学園高戦でもゴールを決め、ここまで全試合でスタメン出場を果たしている。
そして、インターハイ1回戦の日章学園戦でもスタメンのピッチに立ち、前線の起点として奮闘。【4-4-2】から後半途中に【3-4-3】のインサイドハーフに移ると、激しいプレスバックとカウンター時の鋭い運び出しで前への推進力を生み出した。結果は1-2の初戦敗退に終わったが、背番号9が前線に強度をもたらし、確かな存在感を放っていたことは間違いない。
「昨年までは『下積み』でした。挫けそうな時もあったのですが、自分の意思で入ったのに自分に負けてしまったら意味がないし、何より兄の背中を思い出しました。こうしてレギュラーを掴んで、ずっとスタンドから見ていたプレミアリーグに出られるようになって、多分兄は悔しさもあると思うのですが、それでもいつも応援してくれる。だからこそ、初戦敗退で終わってしまったことは申し訳ないし、悔しい。でも、プレミア後期や選手権、その先のプロに向けて、この敗戦を糧にしてもっと努力を積み重ねていきたいです」
立ち止まっている暇はない。9月から再開するプレミアリーグWEST。ホームゲームのスタンドには、かつての自分と同じように、純白のユニフォームに憧れながらピッチを見つめる地元のサッカー少年たちがいる。
「今、トップで試合に出ている地元の選手は僕しかいないので、絶対に変なプレーはできないし、『県内の子でもやれるんだ』というのを僕が示していきたいと思っています」
かつて、兄の背中に引っ張られるようにして努力することの意味を知った少年は、今や米子北の背番号9を背負い、憧れていたピッチに立っている。そして今度は、その背中を地元の少年たちが見つめている。
兄の背中に引っ張られた彼の背中に、次の世代が憧れ、また引っ張られていく。大きな使命感と変わらぬ覚悟を胸に、大原はこれからも純白のユニフォームへの誇りとともに、ピッチを駆け抜ける。
取材・文=安藤隆人
大学卒業後、地元の第一地方銀行に就職するも、フリーサッカージャーナリストとして週末だけ活動。2005年7月に5年半勤めていた銀行を辞め、単身上京してフリーの道へ。高校、大学、Jリーグ、日本代表、海外サッカーと幅広く取材し、これまで取材で訪問した国は40を超える。本の著作・共同制作は14作。最新作は『ドーハの歓喜 2022 世界への挑戦、その先の景色』と早川史哉の半生を描いた『ともに歩き出す』(徳間書店)。NumberWebで11年連載などの執筆活動以外にも講演・講師活動を小学校、中学校、高校、大学、企業と年10回ほど幅広く行っている。元・名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター(2022年10月〜2026年4月)、現・國學院大學体育連合会蹴球部コーチも兼務する。W杯も2大会連続取材。
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