東京都府中市を拠点に活動する府中新町FCは、長年にわたって三井のリハウス東京都U-12リーグ1部(T1リーグ)で戦い続ける、東京屈指の強豪クラブだ。
毎年のようにJクラブ下部組織へ進む選手を輩出し、近年では親元を離れて全国の強豪校へ進学する選手も増えている。ただ、その育成環境は、一般的な“強豪チーム”のイメージとは大きく異なる。
平日の自由参加練習では、子どもたちが自分たちでゲームを始める。大人が過度に介入することはない。だからこそ、選手たちは自分で考え、ぶつかり合い、勝負にこだわる。
府中新町FCが目指しているのは、子どもたち自身が、サッカーに夢中になる環境を作ることだ。そこには、30年以上にわたってクラブを率いてきた葛谷智貞監督の育成哲学がある。
ストリートサッカーを、府中で
木曜日の夜。J-Society調布のフットサルコートでは、府中新町FCの選手たちが次々にゲームを始めていく。
人数が集まれば自然と試合になる。学年も入り混じる。大人が細かく仕切ることはない。それでも、誰ひとりとして“遊んでいる”空気はない。
全員が真剣だ。ただ、この光景を「何も教えないチーム」と表現するのは、少し違う。葛谷智貞監督は、取材中にこう話していた。
「教えないんじゃない。邪魔をしないんですよ」
府中新町FCでは、木曜日の自由参加練習に“ストリートサッカー的な時間”を意図的に作っている。葛谷監督がドイツで見た少年サッカーの原風景。ブラジルのストリートで自然発生的に行われている真剣勝負。その感覚を、現代の日本でも残したいという考えが根底にある。
だからこそ、子どもたちは自分たちでゲームを始める。誰かに言われるからではない。サッカーがしたいから、始める。そこが、このチームの原点だ。
「自分のことは自分でやる」がすべての土台
葛谷監督がドイツで衝撃を受けたのは、サッカーの技術だけではなかった。
「低学年の子でも、自分で着替えて、自分で準備して、自分で動いていたんですよ」
親はグラウンドに入らない。子どもに必要以上に手を貸さない。その文化を見た時、日本との違いを強く感じたという。
府中新町FCでも、その考えは徹底されている。活動中、保護者はグラウンドに入らない。集合から解散まで、自分のことは自分でやる。サッカーだけではなく、人としての“自立”を大切にしているからだ。
葛谷監督は、こうも語る。
「サッカー以前に、自分のことを自分でやれることが大事なんですよ」
その積み重ねが、ピッチ上での判断力にもつながっていく。
大人が与えすぎないから、子どもが考える
もちろん、府中新町FCが“放任”というわけではない。
葛谷監督は、「本当に大切なことは、100万回でも同じことを言います」と話す。サッカーの本質に関わる部分には、強くこだわる。
戦うこと。勝負に向かうこと。シュートを狙うこと。自分で判断すること。
その一方で、大人は答えを与えすぎない。なぜなら、自分で必要性を感じなければ、子どもたちには響かないからだ。
「サッカーは教えます。ただ、教えすぎない。喉が乾いたら水を飲みたくなるでしょう?」
子どもたちが自分の武器や課題に気づいて、どうすればよいかを考える。コーチたちは、あくまでも「手助けをする」というスタンスが明確だ。
多様な進路につながる理由
府中新町FCの特徴のひとつが、進路の幅広さにある。Jクラブ下部組織だけではない。街クラブへ進む選手もいれば、地元に残る選手もいる。親元を離れて地方の強豪校へ進む選手もいる。
その選択肢は実に多様だ。
鹿島アントラーズ、FC東京、東京ヴェルディ、川崎フロンターレ、横浜F・マリノスといったJクラブだけでなく、青森山田や神村学園など全国の強豪校へ進む選手も増えている。
興味深いのは、その進路が“ひとつの型”に縛られていないことだ。
なぜなら、府中新町FCが育てているのは、特定の戦術に特化した選手ではなく、「自分で考え、自分で成長できる選手」だからだ。
しかも、このクラブにはセレクションがない。それでも多くの選手が次のステージへ進み、各カテゴリーで活躍している背景には、選手たち自身の努力がある。
葛谷監督は、「子どもたちは、大人が見ていないところでも努力している」と話す。
日々の真剣勝負の中で、自分の武器を磨く。自分に足りないものを考える。その積み重ねが、次のステージにつながっていく。
“やらされるサッカー”ではなく、“夢中になるサッカー”
葛谷監督は、現代のジュニア年代について、こう感じているという。
「今は大人の気持ちが先に行きすぎることも多い。でも、子どもが夢中にならなかったら続かないんですよ」
上手くさせたい、勝たせたい、成長させたい。その思いが強くなるほど、子どもたちは“サッカーをやらされる”状態になってしまう。
府中新町FCでは“夢中になること”を大切にしている。時間を忘れてボールを蹴る。勝って嬉しいから、負けて悔しいから、自分で練習する。その積み重ねが、結果として強さにつながっていく。
2026年は三井のリハウス東京都U-12リーグ1部、通称「T1リーグ」の前期を9試合8勝1分。東京のトップ・オブ・トップのチームの中で堂々の首位に立っている。
府中新町FCはなぜ強いのか。魔法のようなトレーニングメソッドは、そこにはなかった。ただ、子どもたちが本気でサッカーに向き合える環境がある。
大人が与えすぎないからこそ、子どもたちは自分で考え、自分で努力を始める。その姿は、現代のジュニア育成における、ひとつのヒントなのかもしれない。
【プロフィール】
葛谷智貞(くずや・ともさだ)
東京都出身。国学院久我山高校、中央大学サッカー部卒業(1982年卒)。
社会人サッカー引退後にフジテレビへ入社し、スポーツ局時代には「すぽると!」などを担当した。1987年、バイエルン・ミュンヘンでのコーチ研修時に現地の少年サッカーに触れ、その経験が後の指導哲学の原点となる。府中新町FC監督就任後は、1995年のジーコサッカーセンターでの研修をはじめ、ユベントスなど海外でもコーチ研修を重ね、独自の育成スタイルを築いてきた。
【クラブプロフィール】
チーム名: 府中新町FC
活動拠点: 東京都府中市
練習場所: 府中市内各グラウンド、J-Society調布 ほか
代表: 特定非営利活動法人 府中新町FC
監督: 葛谷智貞
主任コーチ: 葛谷貴司
U10主任コーチ:葛谷貞洋
U8主任コーチ:高田真
幼児主任コーチ:金丸智
創立: 1994年
部員数: 各学年で活動
所属リーグ: 三井のリハウス東京都U-12サッカーリーグ1部(T1リーグ) ほか
大会実績: 三井のリハウス東京都U-12サッカーリーグ1部所属、東京都第10ブロック大会から東京都中央大会進出、府中市内各大会、各種招待大会で実績多数
主な進路先:
FC東京深川、FC東京むさし、東京ヴェルディ、川崎フロンターレ、横浜F・マリノス、湘南ベルマーレ、FC町田ゼルビア、鹿島アントラーズ、青森山田中学校、神村学園中等部、横河武蔵野FC、三菱養和巣鴨、三菱養和調布、FC多摩、FC府中、久留米FC、府ロクJY、ヴェルディAJ、FC杉野、三鷹FA ほか
https://www.footballnavi.jp/fuchu_fc
取材・文=北健一郎
