「謙虚であれ」「利他であれ」――誰もが耳にする言葉を、行動で体現することは簡単ではない。関東大学サッカーリーグ開幕戦で、国士舘大の百瀬健はその精神に加え、「何がなんでもやる」という強い意志をプレーで示した。信じて走り続けた先に生まれた決勝ゴール。その背景には、揺るがぬ信念と積み重ねがあった。
「何がなんでもやる」意思が生んだ決勝ゴール
よく「謙虚であれ」、「利他であれ」という言葉は耳にする。この言葉自体は決して間違っておらず、サッカーをやる上だけではなく、社会人としても人間としても大事な言葉だ。
だが、それを伝えたところで、上辺だけになってしまっているケースが非常に多い。みんな頭では分かっているが、それを行動に移せている選手は多くはないし、逆にそういう選手が上に行っている現実がある。
関東大学サッカーリーグ1部で戦う選手たちを多く取材しているが、それをきちんと言葉だけではなく、真意を理解して行動に反映させている選手たちが多い印象だ。4月4日に2026年シーズンの幕開けとなる関東1部開幕戦を取材したが、そこでまさに『謙虚と利他』の精神に加えて、『何がなんでもやる』という強烈な意志をプレーと結果で示した選手に出会った。
それが国士舘大学の4年生MF百瀬健だ。法政大学との開幕戦、【4-2-3-1】の左サイドハーフでスタメン出場をすると、屈強なフィジカルと豊富な運動量を駆使して、攻撃では果敢な前へのランニングとポケットへの侵入を繰り返し、守備では鋭い寄せと激しいプレスバックを見せた。
そして1-1で迎えた後半33分、右サイドをFW本間凛(川崎フロンターレ内定)が突破を仕掛けて、右ポケット深くまで侵入をしてからマイナスの折り返し。これに反応していた百瀬がワントラップから豪快にゴールに蹴り込んだ。
値千金の逆転弾。大きな雄叫びをあげながら、膝スライディングを決めてから、ゴール裏のスタンドに陣取る応援団の前に走って行った。このゴールが決勝点となり、国士舘大が開幕戦勝利を手にした。
信じて走り続けたからこそ掴めた瞬間

「僕は特別上手い選手でもないですし、スピードがある選手でもないので、ただひたすらチームのために走って戦っていれば、必ず自分のところにこぼれてくる。これは小さい頃からずっと信じてやってきていることでもありますし、ゴール前に入っていくことは絶対にサボらず、ゴール前で目を輝かせ続けるということは大学に入って身につけたところでもあるので、その中でいい結果が出たのは嬉しく思います」
この言葉通り、彼は何度も攻勢に転じたときは右ポケットにスプリントを繰り返していた。ゴールに繋がった本間の突破は実は3回目で、前の2回でも彼はゴールを決めた位置に走り込んでいた。
「凛とも一緒に出ることが多くなって、僕はもともとサイドバックなんですけど、大学ではそのポジションでは厳しいとコーチにも言われて、サイドハーフ、FWとチャレンジをしてきて今のポジションを掴んだ経緯があります。だからこそ、常に考えて動いて、チャンスがあればたとえボールが来なくてもトライし続ける。ずっと凛を信じていたので、この結果に繋がったと思っています」
「チームのために」が自分を強くする
話していて清々しい気持ちになる。実は彼を実践学園高の時から取材をしているが、当時からその印象は変わらなかった。当時から彼が言い続けているのは、「チームのために行動することが自分のためになる」ということだった。
「たとえ自分が試合に出ていなくても、与えられた場所でチームの勝利に貢献したいんです。例えばスタンドからだったら、気持ちを込めてチャントを歌ったり、良いプレーをしたら全力で褒めて、繰り返し良いプレーが起きるように前向きな声かけをしたりする。それを本気でやることで、いざ自分がピッチに立った時に応援される選手になれる。僕は昨年の冬までトップで試合に出られなかったのですが、それをやり続けてきたからこそ、出番を得たリーグ終盤やインカレ、今日もスタンドから「百瀬!百瀬!」と声をかけてくれたからこそ、『もっとやれる』と思ったし、ゴールもみんなが取らせてくれたのだと思っています」
中村俊輔の言葉が築いた原点
このメンタリティーは小学生の時に培われた。そのベースを築いてくれたのが、日本サッカー界のレジェンド・中村俊輔だった。
神奈川県出身の彼は小学校時代にあざみ野キッカーズでプレーし、この時に仲の良かったチームメイトの父親が中村だった。送迎をしてもらったり、ご飯に連れて行ってもらったり、自宅にも頻繁に遊びに行っていた。その中でキックの仕方などプレー面だけではなく、「どんな立場でもサッカーを思い切り楽しんでやれ」という言葉をもらった。
覚悟を決めた大学での挑戦
実践学園高に進学すると、この言葉を胸にガムシャラにサッカーに打ち込み、常にチームのことを考えて行動をした。3年生になるとサイドバックながら10番を託され、キャプテンとしてチームを牽引した。
全国の扉は開くことができなかったが、国士舘大に進んでも変わらぬ精神でより激しい競争の中で自分を心身ともに磨き続けることを誓った。そして、ちょうど大学に進学するタイミングの1月に再び中村から声がかかった。千葉県内で行われた自主トレに呼ばれて行くと、そこには坂田大輔、天野貴史、喜田拓也という錚々たるメンバーがいた。
「僕と俊さんの息子と1学年上の山市(秀翔、川崎フロンターレ)くんの3人が呼ばれて参加したのですが、俊さんからは『健は国士舘に行くんだろ?これから辛い時間や苦しい時間も必ずあるけど、どんな時も全力でサッカーを楽しめ』と言われて、背中を押されました。喜田さんからも『どんな時にもとにかく自分がやり続けることが大事。チームがどんな状態でも率先して行動すれば、自分が規律になれるし、背中で示すことができる』と言われ、どんな立場でも手を抜かない、全力で取り組もうと覚悟が決まりました」
もう一度立った西が丘のピッチで
夢のような時間の中で、彼はしっかりと自分が大学で何をすべきかをはっきりさせることができた。そして、それを有言実行し続けている。
「今日(開幕戦)の後半もずっと自分に『ここで何かを残さないと、すぐにベンチ、ベンチ外に回るぞ。ぶっ倒れても良いからやれ』と言い続けてプレーしていました」
思いは通じた。だが、まだ長いシーズンの最初の1試合が終わったにすぎない。最後までこの姿勢を持ってサッカーに打ち込んでこそ、意義と価値があることは本人が一番よく理解している。
「西が丘のピッチに立ったのは高校3年生の選手権東京都予選決勝で東海大高輪台戦以来です。ずっとスタンドで応援はしていたのですが、やっぱりスタンドとピッチでは見える景色が違う。4年ぶりにこの場にたどり着けたことは1つの自信になりますが、過信しないように、謙虚にかつ貪欲に全力で取り組んでいきたいです。個人的にはプロに絶対行きたいという気持ちもありますし、それを成し遂げるために、チームとして全てのタイトルを取るという強い気持ちを持ってやっているからこそ、『チームのために』という気持ちを持ってやっていきたいなと思います」
信じる力が未来を切り拓く
謙虚、利他の精神、そして『何がなんでもやる』というマインド。それらは全て誰よりも自分のことを信じられているかが土台となる。まさに信じる力が無限の可能性を生み出す。百瀬はそれを体現する1人として、これからも大学サッカーを全力で駆け抜けていく。
取材・文=安藤隆人
大学卒業後、地元の第一地方銀行に就職するも、フリーサッカージャーナリストとして週末だけ活動。2005年7月に5年半勤めていた銀行を辞め、単身上京してフリーの道へ。高校、大学、Jリーグ、日本代表、海外サッカーと幅広く取材し、これまで取材で訪問した国は40を超える。本の著作・共同制作は14作。最新作は『ドーハの歓喜 2022 世界への挑戦、その先の景色』と早川史哉の半生を描いた『ともに歩き出す』(徳間書店)。NumberWebで11年連載などの執筆活動以外にも講演・講師活動と、東海大学リーグ1部に所属する名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクターを兼務する。W杯も2大会連続取材予定。
ユース教授・安藤隆人の「育成ノート」

