ディノ・ゾフ
生年月日:1942年2月28日
出身地:マリアノ・デ・フリウリ
ポジション:GK
身長/体重:182cm/78kg

◆個人タイトル
1973年欧州年間最優秀選手投票2位
(F・F誌)

◆W杯成績
1970年準優勝
1974年グループリーグ敗退
1978年4位
1982年優勝

◆所属クラブ
1960-63 ウディネーゼ
1963-67 マントヴァ
1967-72 ナポリ
1972-83 ユベントス


派手さはなくとも常に安定したセービングと抜群のポジショニング、冷静な判断力でチームメイトから絶大な信頼を得ていたイタリア史上最高のゴールキーパーである。4才でボールを蹴り始めた頃からゴールキーパーのポジションに身を置き14才の時にインテル、ユベントスの入団テストを受けるが、当時ゾフの身長が149cmだった事で落選、故郷のクラブ、マリアネーゼにてプレーした後19才でウディネーゼとプロ契約を果たす(この頃には身長も182cmに伸びていた)。

1961年9月24日フィオレンティーナ戦にてセリエAデビュー、5失点と不運なデビュー戦であったが、その後経験を積む事で着実に成長しナポリに加入する頃にはイタリア屈指と言われるまでになっていた。1972年、ユベントスに引き抜かれるが、30才という年齢から周囲からは批判の声も上がる。しかし、その能力は衰える事を知らず、引退する1983年41才まで不動の守護神として安定したプレーを見せ、6度のスクデッド、2度のコッパ・イタリア、1度のUEFAカップのタイトルに大きく貢献する。

1968年4月20日、欧州ネーションズ・カップ(現欧州選手権)準々決勝ブルガリア戦にて代表デビューを果たし同大会準決勝、決勝でも守護神としてプレーし、早くも欧州チャンピオンのメンバーとして名を列ねる。その後1970年W杯ではアルベルトシにポジションを奪われるが1971年以降は不動の守護神として君臨、引退間近の1982年W杯ではキャプテンとして1938年大会以来の栄冠を手中にし、その両手にワールドカップは高々と掲げられた。

セリエAでは 67/68シーズンから213試合に連続出場、1972年に骨折のため記録はストップしたが7試合休んだ後ピッチに復帰、引退する1983年まで連続332試合に出場した記録を持つ。更にセリエA では903分間無失点を記録、代表ではなんと1143分間無失点という驚異的な記録を持つ。また、代表通算112試合出場は2000年11月にマルディーニに抜かれるまでの代表出場最多記録であった。

引退後はユベントスのGKコーチ、イタリアのオリンピック代表監督(ソウル五輪)、1988年にはユベントスの監督となる。ユベントスの監督としてコッパ・イタリア、 UEFAカップ優勝、という記録を収めるが1年で解雇、次にラツィオの監督として4シーズンを過ごすと会長にまで上り詰める。2000年欧州選手権ではフル代表監督をつとめイタリアを準優勝に導きその後再びラツィオの監督となって手腕を振るった。

情報提供:Football ISLAND

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