いつも困難の伴うコパの“負の遺産"とは/六川亨の日本サッカー見聞録2019.03.08 12:00 Fri

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JFA(日本サッカー協会)は3月22日(対コロンビア)と26日(対ベネズエラ)に開催されるキリンチャレンジ杯の代表メンバー23名を、3月14日の記者会見で発表することになった。

この2試合はFIFAの国際Aマッチデーのため海外組の選手を招集できる強制力がある。しかし問題は、当初、森保ジャパンは今年6月にブラジルで開催されるコパ・アメリカのメンバー選考を兼ねる予定でいたことだ。

すでにスポーツ紙の報道でもあるように、大迫の所属するブレーメンはJFAに対してコパ・アメリカの招集を拒否する通達を出している。コパ・アメリカは南米連盟主催の公式大会ではあるものの、AFC(アジアサッカー連盟)に所属する日本に対し、ヨーロッパのクラブは選手を出場させる義務はないからだ。

日本は過去2大会でコパ・アメリカを辞退してきた。最初は2011年で、次は2015年だった。今回はコパ・アメリカに出場するものの、状況は2015年と似ている。当時は1月にアジア杯がオーストラリアで開催され、ヨーロッパのクラブは選手の招集に協力した。しかし秋からは翌年開催されるEURO(ヨーロッパ選手権)の予選が始まる。このためリーグ戦の開幕が前倒しされるため、ヨーロッパのクラブは選手に十分な休養が与えられないとして招集を拒否した。

コパ・アメリカそのものが変則開催ではあるが、2019年のブラジル大会は早い段階から決まっていた。2015年に続き海外組の招集が難しいことはJFAも把握していたはずだ。にもかかわらず参加を決めたのは、2011年の“苦い思い出"があるからではないだろうか。

2011年は1月のアジア杯でザック・ジャパンが4度目の優勝を果たした。しかし3月11日に東日本大震災が発生し、リーグ戦の延期を余儀なくされた。そして当初はコパ・アメリカ参加のために中断するはずだった7月に、延期したリーグ戦を消化する必要に迫られた。

そこでザッケローニ監督は海外組の選手を中心にしたチーム作りを模索したものの、選手の拘束力がないため参加を断念せざるを得なかった。

そうした物理的な問題と、「未曾有の大災害時にサッカーをしていていいのか」という倫理的な問題もあった。さらに南米連盟からは「日本の復興支援につなげるためにも是非参加して欲しい」というメッセージも届いた。しかし、海外組はもちろん、国内組の選手の招集も困難な状況では、辞退する以外に日本に選択肢はなかった。

こうして1999年に初参加して以来、2度の辞退があったため、2019年は選手の招集が困難なことが分かっていても参加を決めたのかというと、コトはそう簡単なものではない。

2011年は東日本大震災がなければ日本は参加する予定だった。このためスタジアムに設置されるスポンサーボードには日本企業の名前が並び、テレビの放映スケジュールも決まっていた。しかし5月17日に最終的に辞退を決めたため、これらはすべてキャンセルとなった。

放映権やスポンサーボードの仲介役を果たした大手広告代理店は各所に平謝りだったと聞く。そして莫大な放映権料やスポンサー権料がフイになったアルゼンチンサッカー協会のグロンドーナ会長兼FIFA副会長(当時)--最後まで日本の出場を要請した――は激怒して、当時の小倉JFA会長に脅しをかけたという噂すらあった。

たぶん日本からの利権を巡り、多くの人間の利害関係が損なわれたことは想像に難くない。

こうした“借り"がJFAにはあるからこそ、日本はコパ・アメリカへの参加を余儀なくされているのではないだろうか。だとしたら、一日でも早く過去の“借り"を返して、日本の参加できるタイミングでのコパ・アメリカ参加という方向に舵取りして欲しいものだ。
【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。
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代表選手の背番号からみるプライオリティー/六川亨の日本サッカー見聞録

コロンビア戦を2日後に控えた3月20日、JFA(日本サッカー協会)は日本代表選手23人の背番号を発表した。これまで2011年から長らく「10番」を背負った香川真司だが、9月にスタートした森保ジャパンでは招集されなかったため中島翔哉に譲り、中島が負傷辞退した1月のアジアカップでは乾貴士が背負った。 そんな森保ジャパンに香川が初招集され、中島も復帰したことで注目の集まった「背番号10」だが、すんなり香川に落ち着き、中島は「8」、乾は「14」に決まった。 中島自身も19日の練習後は「前から言っていますけど、そこまでずっと番号にはこだわっていないと。こだわっていないですし、やっぱり試合でいいプレーをすることがサッカー選手としても、日本代表の選手としても大事だと思うし、あんまり気にしてないというか、番号はただ番号というだけで、やっぱりいいプレーをしていくことが大事だと思います」と語り、香川も「番号でプレーするわけじゃない。もちろん10番は自分にとって誇りだけど、誰が決めるか分からないし、僕にもどうなるか分からないので。皆さん、楽しみに」と余裕のコメントを残した。 日本代表の背番号を決めるのは、「(日本協会に)任せています。私は関与していません」と森保監督が述べたように、JFAの仕事である。そこで今回の背番号だが、それなりの“配慮”があったようだ。 GKの3人は「1」と「12」、「23」が定番で、アジアカップで権田修一のつけていた「12」はすんなり再招集の中村航輔に落ち着いた。そして、これまで森保ジャパンに招集されてきた佐々木翔(4番)、三浦弦太(2番)、冨安健洋(16番)、柴崎岳(7番)、南野拓実(9番)、堂安律(21番)は慣れ親しんだ番号に変わりはない。 彼ら以外となると、やはり主力に近い選手が“若い番号”を与えられた印象が強い。復帰組の昌子源は、それまで室屋成が付けていた3番になり、室屋成は長らく長友佑都が背負ってきた5番を継承した。遠藤航の「6番」は同じく復帰組の山口蛍、原口元気が付けていた「8番」は中島、「11番」はロシアW杯で背負っていた復帰組の宇佐美貴史に戻り、それなりに過去の実績を忖度した選択のように感じられる。 その中で目を引いたのが23番以降の数字を背負った小林祐希の「25番」だ。JFAは国際大会の際に50~60人の選手を背番号とともにあらかじめ登録する。本来なら「22」はキャプテンでもある吉田麻也、「19」は酒井宏樹の定番だが、今回は前者を西大伍が、後者は安西幸輝が付けることになった。 それは裏返せば、彼ら2人が事前に登録されていないことにもつながるのではないだろうか。同じことは槙野智章の「20」を畠中慎之輔、大迫勇也の「15」を橋本拳人と初招集の2人が継承したことにもつながる。 それだけ「25」の小林は代表選手としてプライオリティーの高い選手(主力組は別として)と判断してもいいだろう。 そんな何気ない背番号だが、気になるのが長らくキャプテンとして日本代表を牽引してきた長谷部誠の「17」の不在だ。森保ジャパンがスタートした時は守田英正、アジアカップでは青山敏弘が継承した。今回、守田は合宿初日こそチームに合流したものの、負傷で辞退した。すでに守田で登録していたため使えなかった番号かもしれないが、そのことからも森保監督とJFAは守田に期待を抱いている表われではないだろうか。 最後に、9月に発足した森保ジャパンはコスタリカ、パナマ、ウルグアイ、ベネズエラ、キルギスとキリンチャレンジ杯で戦い、1月のアジアカップに臨んだ。そして今回は何かと因縁のあるケイロス監督率いるコロンビア、ベネズエラと対戦する。あらためて言うまでもなく南米と北中米の国々との対戦が多い。 それはヨーロッパが昨年9月からネイションズリーグを創設したため、招集が難しくなったことが影響している。そして、それは今後も続く可能性が高い。となると、今後のキリンチャレンジ杯も目玉となる招待国はウルグアイやコロンビアといった南米勢に限られるだろう。 そうしたパイプをつなぎ止めるためにも、今年6月にブラジルで開催されるコパ・アメリカには参加せざるを得ない理由があるのかもしれない。ペルーが開催を返上したU-17W杯もブラジルでの開催が決定した。なんだか南米に絡め取られていくような日本と感じられてならないのは私一人だけだろうか。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2019.03.21 13:25 Thu
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Jリーグふろしきの可能性/六川亨の日本サッカー見聞録

3月22日と26日に開催されるキリンチャレンジ杯のメンバー23名が14日に発表された。森保ジャパンになって代表初招集はDFの安西幸輝(鹿島)と畠中槙之輔(横浜M)、そしてFWの鈴木武蔵(札幌)と鎌田大地(シントトロイデン)の4人だった。 安西は左SBのため佐々木翔(広島)の、CB畠中は冨安健洋(シントトロイデン)と昌子源(トゥールーズ)のバックアップといったところ。そしてJリーグで結果を出している鈴木と、同じくシントトロイデンでゴールを量産している鎌田はポスト大迫といったところだろう。 そして注目は、やはりロシアW杯以来の代表選出となった香川真司(ベシクタシュ)だ。どのポジションで起用されるのか楽しみだし、FWが2人しか選出されていないため、香川や小林祐希(ヘーレンフェーン)がゼロトップという可能性もあるのではないだろうか。いずれにせよ、ケイロス監督率いるコロンビア戦は楽しみでならない。 同日には22日からミャンマーで開催されるAFC U-23選手権に臨むU-22日本代表のメンバーも発表された。東京五輪の主力となるメンバーとして、板倉滉(フローニンゲン)、町田浩樹(鹿島)、立田悠悟(清水)、橋岡大樹(浦和)、中山雄太(ズヴォレ)、杉岡大暉(湘南)、久保建英(FC東京)、前田大然(松本)らJ1リーグで結果を残している選手ばかり。 個人的にはこちらの試合を見てみたいので、どこか中継してくれるテレビ局はないのだろうか。 といったところで本題に入ろう。日本代表のメンバー発表から1時間30分後、JリーグがNTTグループと共同で新たな取り組みに着手することを発表した。日本初となる本格的スタジアムデジタルアセットハブ、その名も“Jリーグふろしき”の構築である。 “ふろしき”とは、その名の通り風呂敷のことだ。日本古来の物を包む道具だが、命名の由来を簡単に説明すると、これまでJリーグは26シーズンに及ぶ映像のデータを始め、スカウティング映像(対戦相手を分析するため、両チームのゴールが映り、全選手の動きが分かる映像)と静止画(写真のこと)、さらにトラッキングなどの競技データを管理してきた。 それが可能なのは、Jリーグは誕生時から映像と写真はJリーグ(子会社のJリーグ映像とJリーグフォト)がコストを負担して制作し、テレビ局に提供してきたからだ(現在はDAZN)。それというのもJリーグ以前のJSL(日本サッカーリーグ)時代は、テレビ局が中継したものの放送される試合が少なく、JSLに著作権もなければ映像そのものが残っていなかったからだ。ここらあたり、Jリーグの創設に尽力した木之本興三氏(故人)の先見の明と言える。 話を戻すと、そうした膨大なデータだが、これまでは映像なら映像を検索し、競技データは競技データで検索しないと求めるデータを集まることはできなかった。そこでこれまで個別だったデータをキーワードで“ひも付け”するなどして、一元管理による制作・編集・供給・配信をマネジメントしようというのが“Jリーグふろしき”である。 その試みの1つとして、5月12日の神戸対鹿島戦は、神戸のホームゲームだが都内の屋内施設で高臨場・高精細の映像によるライブビューイングを開催する。これらは今後、スタジアムになかなか足を運べない身体障害者や、天候によりスタジアム行きを断念しなければならない子供や高齢者向けのファンサービスとして活用できる。 さらにVR(ヴァーチャルリアリティ)空間での観戦サービスも広める予定で、俯瞰した映像や選手目線での映像、ゴール裏からの観戦などを選択できる視聴方法にもトライする。すでに3月10日の仙台対神戸戦と、17日の札幌対鹿島戦、30日の大分対広島戦は、NTTドコモがDAZNからのサブライセンスを受けて観戦体験を提供する予定だ。 こうした映像の一元管理により、例えばタイにはチャナティップをフォーカスした映像や、ヨーロッパにはイニエスタやトーレスを中心にした映像の配信が可能になるという。そして、将来的にはJリーグにとどまらず、日本のあらゆるスポーツを取り込み、最先端の環境を構築しながら映像などのデジタル情報を集約・供給配信などのネットワークサービスにつなげる予定だ。 会見に出席したNTTグループの澤田純社長は、まだ実現は先の話だろうが「VRでも4K(高画質)放送ができるのはNTTだけ」と自信を見せる。 そして村井チェアマンは「私が(チェアマンに)就任した2014年には想像できなかった世界」でもあるだけに、「大風呂敷」という表現もあながち的外れではない大事業に成長する可能性もある。 ただ、その前に、Jクラブのスタジアムの無料Wi-Fi化を早急に実現して欲しいというのが1記者としての切実な願いだ。埼玉スタジアムや日産スタジアム、味の素スタジアムなどキャパシティの大きいスタジアムはドコモであっても(ドコモだからか)、試合開始直前やハーフタイムは通信だけでなくインターネットにも接続できずストレスを感じてしまう。 新ビジネスの開拓、それもJリーグが先頭に立っての“攻めの姿勢”は歓迎したいし、今年のラグビーW杯は対応が無理とのことだが、来夏の東京五輪につながるコンテンツの構築だろう。ただ、中国の故事には「隗(かい)より始めよ」という言い回しもある。Jリーグには“攻守のバランス”を上手くとって欲しいところだ。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2019.03.15 13:15 Fri
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U-20W杯とコパ・アメリカの違い/六川亨の日本サッカー見聞録

シービリーブス杯に参加している“なでしこジャパン"が、初戦で世界ランク1位のアメリカと2-2の引き分けに持ち込んだ。アメリカはラノピーやモーガンといった主力選手のゴールで2度のリードを奪ったが、日本もベテランの中島と途中出場の籾木のゴールで同点に追いついた。 俊足FWのモーガンは日本の天敵でもあるが、アメリカ相手に敵地で引き分けたことは6月のフランスW杯に向けて明るい材料と言っていいだろう。高倉監督は新戦力を試しながら結果も求め、フランスW杯のメンバーを試行錯誤していると思われる。監督が人選に悩むような活躍を、ブラジル戦(3月2日)とイングランド戦(3月5日)でも期待したい。 そのフランスW杯(6月7日~)に先だって行われるのがU-20W杯(5月23日~6月16日)で、今年はポーランドで開催される。まだメンバーは決まっていないが、2月25日の組み合わせ抽選の結果、日本はグループBでメキシコ、イタリア、エクアドルと戦うことになった。 チームは3月中旬に海外遠征を予定していて、4月のトレーニングキャンプを経てメンバーを決めることになっているが、中心選手として期待のかかる久保建英について、FC東京の長谷川監督は2月23日の川崎F戦後にこんなコメントを発した。 「堂安(律)がヨーロッパに行く前ぐらいのレベルには来ている。Jで経験を積んで、U-20W杯でプレーできればすぐにヨーロッパから声がかかるぐらいのレベルに来ていると思います」 今シーズンは右MFとしてレギュラーに定着しそうな久保にもかかわらず、指揮官はチームからの離脱を認めた。そこで、たまたま2月27日にFC東京を取材する機会があったので、長谷川監督に「久保だけでなく、今シーズン獲得した田川亨介、さらには平川怜と3人も呼ばれる可能性があるけど、それでも出すのか」と聞いてみた。 すると長谷川監督は「海外にチャレンジできるなら、いいんじゃないですか。もうクラブで止められないですし、しょうがないです。そのために外国人選手を獲りました」とU-20日本代表に全面的に協力する意向を示した。 そこで、6月14日(~7月7日)からはブラジルでコパ・アメリカが開催される。田嶋JFA(日本サッカー協会)会長は「Jクラブには23歳以下の選手の出場をお願いする」とアジアカップ期間中に話していた。そこで同様の質問を長谷川監督にぶつけたところ、意外にも「クラブにはクラブの事情がありますから」と否定的ともとれる言葉を残した。 推測するに、アジアカップはAFC(アジアサッカー連盟)の、U-20W杯などはFIFA(国際サッカー連盟)の公式大会である。それに比べてコパ・アメリカはCONMEBOL(コンメボル=南米サッカー連盟)の公式大会ではあるものの、日本とカタールはゲストにすぎない。過去には1999年に初出場し、2011年は東日本大震災のため辞退したこともある。 11年に辞退した経緯はまた別の機会に譲るとして、リーグ期間中での大会だけに、参加選手はJ1リーグなら最大4試合の欠場となる。AFCやFIFAの公式大会ではない“ゲスト参加"の大会だけに、23歳以下とはいえ主力選手の出場をためらう監督も多いことだろう。 すでに大迫の所属するブレーメンは出場を拒否しているし、当初は森保ジャパンに初招集かと話題を提供した香川も新天地ベジクタシュで結果を残しつつあるため、オフシーズンのコパ・アメリカに参加するかどうか微妙なところだろう。 参加メンバーにしても、GKなら誰を呼ぶのか(呼べるのか)。23歳以下でJ1クラブのレギュラーGKは1人もいないのが現状だ。日本代表GKの東口(G大阪)やシュミット・ダニエル(仙台)、元代表の中村(柏)は主力選手だけにクラブも招集を拒むだろう。消去法からいくと、U-23もしくはU-20の日本代表候補からの選出となるが、そうなるとポーランドでのU-20W杯から連続出場になる。 GKのポジション1つをとってみても人選の難航が予想されるコパ・アメリカ。果たしてJリーグの開催中に参加する意義やメリットがあるのかどうか。そしてJクラブはどこまで協力できるのか。いまから難航が予想される森保ジャパンのメンバー選考である。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2019.02.28 17:00 Thu
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ゼロックス杯とちばぎんカップのレフェリングについて/六川亨の日本サッカー見聞録

先週の週末は、16日のゼロックススーパーカップの川崎F対浦和戦、翌17日はちばぎんカップの柏対千葉戦を取材した。ゼロックス杯はチームの完成度の違いと新戦力のレアンドロ・ダミアンの決勝点で1-0の僅差ながら川崎Fが完勝。浦和は負傷中の武藤雄樹と青木拓矢の不在をオリベイラ監督は敗因の1つとしてあげていた。それはそれで頷けたものだ。 この試合では、前半27分、浦和のマウリシオが自陣ペナルティーエリア外で、ヘッドでクリアしようとしたところ、川崎Fのレアンドロ・ダミアンが遅れて競りに行き、頭同士が激突すると、家本レフェリーはすぐに笛を吹いて試合を止めた。 このジャッジを見て思い出したのが、2月12日に行われたレフェリングカンファレンスでのトピックだった。今シーズンのレフェリングのスタンダードを説明するカンファレンスで、主な趣旨はハンドとオフサイドについてだった。 1月にUAEで開催されたアジアカップでは、VAR判定によりペナルティーエリア内で手に当たったケースはほぼPKというジャッジが下された。しかし2019年のJリーグでは、至近距離からの避けようのないシュートが手に当たった場合のハンドはPKではないと判断すること。しかし手を上げて空中戦を競りに行ったり、シュートブロックに行ったりした場合はハンドと認定する基準を示した。 その判断基準として「ハンドは選手にハンドする意図があるかどうか」が示された。手を上げること自体、ハンドする意図があるとの判断だ。そしてオフサイドは、「選手の意図ではなく、オフサイドポジションにいる選手が結果的に相手GKやDFなどにゴールと直結する影響を及ぼしたかどうか」で判断するという。 そしてカンファレンスにオブザーバーとして参加したレフェリーは、昨シーズンのジャッジした試合から印象に残る試合を解説した。先に名前を出した家本レフェリーは昨シーズンの第29節、神戸対長崎戦(1-1)で、神戸のティーラトンに「著しく不正なプレー」でレッドカードを出した。 家本氏いわく、「ルーズボールの競り合い、負けているチーム、途中出場の選手はテンションが高く、特に外国人はその傾向が強いため、ラフプレーが予測されます」と解説した。 その後、飯田レフェリーは4月21日の第9節・G大阪対C大阪の試合を紹介した。この試合は、G大阪のGK東口順昭とDF三浦弦太が前半16分に浮き球をクリアしようとして味方同士で激突。その際に三浦の頭部が東口の右頬付近に入り、三浦は倒れ込んだまま。しかし試合はC大阪がこぼれ球を拾って攻め続けたため、東口は起き上がってゴール前に戻り、柿谷曜一朗のヘッドを防いでから再びピッチに倒れ込んだ。 東口は交代を余儀なくされ、診断の結果、頬骨の骨折が判明。幸いにもロシアW杯には間に合ったが、一歩間違えば選手生命を絶たれかねない大事故につながった可能性もある。 そのジャッジに関して飯田レフェリーは、「東口と三浦の激突はわかっていましたが、ボール保持者がドリブルしたので、プレーを止めるにも止められなかった」と正直に話した。 こうした背景があったからこそ、ゼロックス杯の家本レフェリーはマウリシオとレアンドロ・ダミアンが激突した際に、アドバンテージは取らず、すぐに笛を吹いて試合を止めたのではないだろうか。これは賢明な判断として今シーズンのスタンダードにして欲しい。 その点、残念だったのがちばぎんカップでの上村主審だ。2-2で迎えた後半44分、後方からのハイクロスに柏の長身FWオルンガがDFと競りつつボールを見ながら落下点に入ろうとしたところ、ペナルティーエリアから飛び出してきた千葉GK佐藤優也がトップスピードのまま激突。オルンガは倒れたままで、駆け寄ったチームメイトはすぐさまベンチに向かい両手で×印を示した。 千葉はファン・エスナイデル監督のもと、高い守備ラインを採用しているため、GK佐藤も果敢にペナルティーエリアから飛び出してピンチを未然に防いでいた。しかし。このシーンでは明らかに遅れてタックルに行っているし、そもそもPSMでこれほど危険なプレーをする必要があるのかどうかも疑問に思った。 本来なら一発レッドで退場もののプレーなのに、GK佐藤への処分は警告。その後、PK戦で6人目のシュートをストップしたため試合のMVPにも選ばれている。こうしたプレーを許していては、いつまたGK佐藤が危険なプレーをするとも限らない。これは佐藤にとっても、対戦相手にとっても“不幸な出来事”につながるだろう。 試合をコントロールするのはレフェリーだし、彼らの存在なしで試合は成立しない。その意味でも、上村レフェリーは1級審判だが、選手生命を守るためのジャッジの情報共有が急務だと感じたちばぎんカップだった。 ※公開時に「本来なら一発レッドで退場もののプレーなのに、GK佐藤は警告すら受けておらず」と記載しておりましたが、内容に誤りがございました。心より深くお詫び申し上げます。 <hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2019.02.19 11:00 Tue
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Jリーグ選手名鑑/六川亨の日本サッカー見聞録

今シーズンのJ1リーグ開幕まで、あと2週間を切った。今週末にはゼロックス・スーパーカップも開幕する。といったところで、この時期に毎年購入するのがJリーグの選手名鑑(2月9日発売)である。 かつて務めていた縁ではないが、自然とSD誌の選手名鑑を手にとってしまう。それにしても、年々チーム数が増え、今年は292ページのボリュームとオールカラーで1000円を切っている(989円)のは凄い。 加えて今年1月は、全国高校サッカー選手権の増刊号とアジアカップ総集編の増刊号と3冊の増刊と同時進行での発行である。たぶん編集部総動員での制作だっただろうが、その苦労は察するに余りある。 ただ、制作に関してはDTPのため一発入稿だから、原稿と写真、そして各種データの整理・校正を入念に行えば、次はデザイナーが活躍する番になる。デザイナーにしても、すでにフォーマットは数十年以上前から組み上がっているだけに、そのアレンジが“腕の見せどころ”といったところか。 とまあ、当事者ではないから気楽なことを書いているが、印刷された校正紙の原稿を読んだり、細かいデータを編集部員同士で読み合わせたりする作業は、とてもじゃないがもうできない。しかもJ1の18チームだけでも“青息吐息”なのに、それがJ2の22チームとJ3の15チームまである(U-23FC東京とG大阪、C大阪の3チームはのぞく)のだから、卒倒するのは間違いない。 あらためて制作に関係した多くの記者、編集者、デザイナーに敬意を表したいと思うし、1年間大事に使いたいと思っている(実際のところ、この選手名鑑は持ち歩くのに重いので、今月21日発売のSD本誌に綴じ込み付録でついてくる簡易版を愛用している)。 といったところで、ここからは、ちょっと昔話の自慢?をさせていただこう。1993年にスタートしたJリーグだが、それ以前から老舗のSM誌とSD誌はJSL(日本サッカーリーグ)の選手名鑑を毎年、付録で本誌につけていた。 そのノウハウがあったからJリーグの選手名鑑の制作もそれほど苦労はしなかったが、年を重ねるにつれ、前年と同じスタイルではマンネリだと感じたのが編集部一同の意見だった。そこで出たのが「巻頭に読み応えのある昨シーズンを振り返ったストーリーを載せたい。そこでは優勝したチームだけでなく、準優勝で終わったチームの原因や、期待を裏切ったチーム、話題を提供したチームのトピックスも紹介したい」という意見だった。 他にもチーム紹介では「誕生から昨シーズンまでのストーリー、そして今シーズンの展望を書きたい」とか、「昨シーズンの優勝監督とMVPを受賞した選手のインタビューが欲しい」、「サポーターなどサッカーを取り巻く印象的なシーンの写真も掲載したらどうか」などなど、さまざまな意見が会議では出た。 それは選手名鑑を1冊の雑誌として充実させたいという、“編集者”としての視点と、“記者”としてもっと書きたいという欲求から出た率直な意見だった。 ところが、当時のT社長(現会長)は、これらの意見をことごとく却下した。「読み物よりもデータ満載の選手名鑑を作れ」というのが厳命だった。 そして、それは正論だとも納得した。シーズンが始まれば、成績によってチームは新たな選手を補強したり、監督を交代したりする。すると昨シーズンの読み物などは色褪せてしまうからだ。活用できる情報として残るのは昨シーズンのデータということになる。 この伝統がいまも生きているのかもしれないが、SD誌のW杯を始めとして展望号はデータ重視で読み物は少ない。そこらあたりが、昨年発行されたアジアカップの増刊ではEG誌との違いだが、EG誌にはEG誌なりの戦略があるのだろう。 こうした理由から、いまもSD誌は情報の収集ツールとして利用している次第だ。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2019.02.11 20:30 Mon
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