【六川亨の日本サッカーの歩み】ブラジルが日本戦で見せた古き良き時代の攻撃パターン2017.11.13 19:09 Mon

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▽11月5日から欧州遠征中の日本代表は、10日にフランスのリールでブラジルと対戦し、PKなどの失点から1-3で敗れた。この結果、過去の対戦成績は2分け10敗と、依然として“サッカー王国”は日本にとって高い壁として立ちはだかっている。

▽試合は開始早々にPKから天敵のネイマールに先制点を許すと、さらにPKからの失点こそ防いだものの、左CKのこぼれ球をマルセロに強烈に叩き込まれ、前半で0-3の大差をつけられた。試合前、どの選手も守備の重要性を口にしていたが、その守備が崩壊しての大量失点だった。

▽先制点につながる反則を犯した吉田は「僕に非があります」と反省しながら、「嵌め方が明確ではなかった」とゲームプランが明確ではなかったことを明かした。それでも相手が選手を入れ替えてきた後半は日本も反撃に転じ、槙野が1点を返す。その他にも吉田のFKがバーを叩き、杉本のゴールはオフサイドと惜しいシーンも作った。

▽交代出場の乾も「後半はだいぶ嵌まったし、(ブラジルは)上手いけれど、ミスするところはミスしていた」と自信を深めていた。

▽そのブラジルだが、日本は狙いとするカウンターを1回も仕掛けられなかったのに比べて、ブラジルは自陣でのCKやFKでは、チャンスがあれば虎視眈々とカウンターを狙っていた。36分の3点目はその典型だ。右からカットインした久保にシュートコースを与えず、2人がかりでボールを奪うと素早いカウンターを仕掛けた。

▽そして右サイドでウィリアンがタメを作ると、すかさずダニーロが外側をオーバーラップしてパスを受け、ジェズスにラストパスを送って3点目を演出した。2点目も、PKを獲得したプレーは右サイド崩してのカウンターだった。

▽ブラジルというと、ネイマールに代表されるように華麗な個人技をイメージしがちだが、けしてカウンターが下手なわけではない。1970年のメキシコW杯で3度目の優勝を果たしたものの、その後は5大会連続して決勝にすら進めなかった。そこで1994年の米国W杯でマリオ・ザガロ総監督は、カウンターのチームを送り込んできた。ロマ-リオとベベートの強力2トップにより、ブラジルは24年ぶりに世界チャンピオンに輝く。しかしブラジル人は、優勝してもそうしたサッカーを認めなかった。

▽1982年スペインW杯で、ジーコやファルカンら“黄金の4人”による華麗なサッカースタイルが忘れられなかったのだろう。ブラジルは2002年もフェリペ監督によるカウンタースタイルで5度目の優勝を果たす。このときは、いわゆる“3R”、リバウド、ロナウド、ロナウジーニョと、94年を上回る「フェーノーメノ(怪物)」が前線に揃っていた。

▽現ブラジル代表は、直近3試合の日本戦から、02年のチームと同等か、それ以上の破壊力を秘めている可能性が高い。カウンターはより洗練され、攻撃に無駄がない。ワンツーによる中央突破もスピードアップしていたため、日本のDF陣は対応が後手に回った。もはやブラジルに“遅攻”という形容はあてはまらないのかもしれない。

▽そんなブラジルが意図的にスピードダウンしたのが3点目につながったウィリアンのプレーで、ダニーロが攻撃参加する時間を作った。このプレーはブラジル伝統の攻撃パターンで、初めて目にしたのは82年のスペインW杯だった。2次リーグのイタリア戦では、ファルカンの外側をオーバーラップしたソクラテスがドリブルで突進し、GKゾフのニアを抜いて1-1の同点ゴールを決めた記憶がある(試合はロッシのハットトリックでイタリアが3-2の勝利)。

▽このプレーをブラジル人は、攻撃の方法が2パターンあることから「2列の廊下」と呼んでいるそうだ。現代サッカーを採り入れつつ、古き良き伝統は継承する。これもブラジルがサッカー王国でいられる理由の一つだろう。
【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。

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【六川亨の日本サッカーの歩み】やはり3決はテンションが上がらず再考が必要か

▽長かったロシアW杯も、7月15日の決勝戦でフランスがクロアチアを4-2で下し、20年ぶり2回目の優勝で幕を閉じた。正直な感想は、「やはり、そう簡単に新たなW杯優勝国は出現しないな」というものだった。 ▽それでもクロアチアはよく頑張ったと思う。3試合連続して延長戦を戦った後での決勝戦。にもかかわらず、守備を固めてカウンターを狙うのではなく、試合開始から積極的に攻撃を仕掛けた。彼らのそうした姿勢が、ともすれば“ガチンコ勝負”で退屈な試合になりがちな決勝戦を盛り上げたのだと思う。 ▽これでW杯は4大会連続してヨーロッパ勢が制覇した。ブラジルをはじめアルゼンチンやウルグアイといった南米ビッグ3がこれほど早い段階で姿を消したのは、組み合わせのせいだけではないだろう。 ▽そうした大会全体の総括や決勝戦のレビューについては今週木曜のコラムに譲るとして、今回は3位決定戦について考察してみた。 ▽大会前のイングランドは、けして下馬評の高いチームではなかった。ダイア-、スターリング、ケインら若返りに成功したとはいえ、得点力不足に課題を抱えていた。グループステージではパナマに6-1と大勝するなど2位でラウンド16に進出し、コロンビア(PK戦)とスウェーデンを連破したことで52年ぶりのベスト4に進出した。 ▽しかし準決勝でクロアチアの前に延長戦で力尽きて3位決定戦に回った。それでもイングランドにとっては66年イングランド大会の優勝に次ぐ最高成績を残すチャンスだった。それは対戦相手のベルギーも同様で、86年メキシコ大会の4位(3決でフランスに敗退)を上回る絶好の機会だ。このため好ゲームを期待したのだが……。 ▽イングランドにとって、クロアチアとの延長戦に加え中2日(ベルギーは中3日)の日程は体力的に厳しかったのかもしれない。さらに、ベルギーはイングランドの長所を見事に消してきた。 ▽今大会のイングランドの基本システムは3-5-2で、3バックの前に攻守のつなぎ役としてヘンダーソンを置き、インサイドハーフは右リンガード、左アリで、左右のウイングバックにトリッピアーとヤングを配し、ケインとスターリングの2トップというフォーメーション。 ▽左右のウイングバックは守備時にDFラインまで下がり5バックとなるが、特徴的だったのはマイボールになると左右に大きく開いていたことだ。ボールを持ってカットインすることも、ダイアゴナルランでゴール前に飛び込むこともほとんどない。コンパクト&スモールフィールドが常識の現代サッカーにおいて、異質とも言えるスタイルだった。 ▽左右に大きく開くことで、サイドチェンジは有効になる。しかしDFトリッピアーとヤングに与えられた役割は、2トップと彼らとの間にオープンスペースを作ることだった。意図的に味方の選手と距離を取ることで、相手DF陣をワイドに広げる。そしてできたスペースにインサイドハーフのリンガードやアリが侵入して3トップや4トップを形成する。準々決勝で対戦したスウェーデンは彼らを捕まえきれずに苦戦した。 ▽ところが3位決定戦のベルギーは、いつもの3バックに加え、サイドハーフのムニエとシャドリが戻り5バック気味にしてスペースを消したことと、イングランドはリンガードとアリ、ヤングをベンチスタートにしたため前半の攻撃は手詰まり状態が続いた。 ▽なんとか後半は選手交代から攻撃は活性化したものの、決定機は後半25分にワンツーからダイア-が抜け出しGKと1対1になったシーンのみ。体力、技術、戦術ともベルギーが1枚上手だった。スコアこそ0-2だったものの、ベルギーの完勝と言える。 ▽正直、試合内容は期待を裏切られた。イングランドの実力からすれば、それも仕方ないかもしれないが、両チームとも勝つか負けるかで「天国と地獄」というヒリヒリするような緊張感は、残念ながら今回の3位決定戦にもなかった。 ▽そして表彰式では、敗れたイングランドの選手は表彰されるベルギーの選手をピッチで見守るだけで、セレモニーが終わると静かにピッチを後にした。敗者が残る必要があるのか疑問の残るセレモニーである。 ▽敗者はもちろんのこと、勝者にも笑顔のない3位決定戦。6万を越える大観衆を集め、興業的には大成功かもしれないが、改めて存在意義を見直す必要があるのではないだろうか。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2018.07.17 14:00 Tue
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【六川亨の日本サッカーの歩み】寝台車が1時間も早く逆方向へ出発

▽ロシアW杯は、7月9日はレストデーということでつかの間の休息。残すは10日、11日の準決勝2試合と、14日、15日の3位決定戦と決勝戦のみとなった。ここまで来ると、長丁場のW杯も「あっという間だったな」というのがいつもの感想だ。 ▽今回のW杯はヨーロッパで開催されたため、国内移動に飛行機は一度も使わず、すべて寝台車を利用した。順を追って紹介すると以下のようになる。 ▽6月18日 カザン→サランスク 00:54発 翌日09:54着 8時間 6月22日 カザン→エカテリンブルグ 20:08発 翌日10:22着 14時間14分 6月25日 エカテリンブルグ→カザン 08:12発 21:37着 13時間25分 6月26日 カザン→ヴォルゴグラード 12:21発 翌日11:48着 23時間27分 6月29日 ヴォルゴグラード→モスクワ 10:20発 翌日10:38着 24時間18分 7月1日 モスクワ→ロストフ 12:20発 翌日11:19着 23時間 7月3日 ロストフ→モスクワ 14:30発 翌日07:35着 17時間5分 7月5日 モスクワ→カザン 23:08発 翌日10:45着 11時間37分 7月8日 サマラ→モスクワ 03 :42発 22:25着 18時間17分 <div style="text-align:center;"><img src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/get20180710_31_tw1.jpg" style="max-width: 100%;"></div>▽これにあと2日、モスクワ-サンクトペテルブルクの2往復があるが、こちらは近距離のため乗車時間はそれほど長くない。上記の移動時間を合計すると、6日と9時間18分ほどを寝台車で過ごした計算になる。車中では、同乗者がいなければコンパートメント(上下2段ベッドの4人乗り)の机で仕事ができるが、同乗者がいればそうはいかない。さらに停車した駅以外ではネットがまったく通じないため、ほとんどの時間を寝るか本を読んで過ごすしかなかった。 ▽車中ではロシアやポーランドのサポーターと同室になることも多く、彼らは一様にコロンビア戦の勝利やセネガル戦の引き分けを讃えてくれた。そんな寝台車の移動で、一度だけトラブルに見舞われたので、恥を承知で公開したい。 ▽寝台車に乗る際は、乗り場で乗車券(A4の予約表)とパスポートを提示し、係員がリストと照合してからになる。忘れもしない6月19日、いつものように早めに駅に着くと、目的の列車が発車するプラットフォームを確認。すでに列車が到着しているので、乗車券とパスポートを係員の女性に提示すると、「コンパートメントは1号ね」と親切に教えてくれた。 ▽今回の移動はカザンのアパートを引き払い、モスクワのアパートに移り住むため大型と小型のスーツケース2個を持参だ。このため早めにスーツケースをコンパートメントに運び込み、駅のホールに戻って水と昼食用の菓子パンを買って自分のソファー(兼ベッド)に戻って一息ついた。 ▽すると、出発まで、あだ1時間はあるのに、突然列車が動き出したからビックリ。この寝台車には記者仲間も乗るため、急きょ出発が早まったなら連絡しないといけない。そう思いつつ目の前のロシア人夫婦に「モスクワ行きですよね」と確認すると、なんと返ってきた答は「ソチ行きだよ」という。 ▽寝台車を乗り間違えた! 1本前の列車だった。その瞬間、頭の中は真っ白。「取りあえずヴォルゴグラード1駅に戻らないといけない」――そう思い乗務員に次の停車駅と時間を聞くと、「今夜の0時過ぎにソチに止まるまで、ノンストップよ」と言われてしまった。さらに、「ソチから寝台車でモスクワに行くなら到着は7月3日の深夜1時になるわ」と言いつつ紙に書いてだめ押しの一撃。これでは2日の日本対ベルギー戦に間に合わない。 ▽モスクワにスーツケースを置いてからロフトスへ移動するのが本来の目的だ。そうした事情を知らずに集まってきた女性乗務員たちは、口々に「日本の次の試合会場はロストフでしょ」とか、「なんで直接ロストフ行きの列車に乗らなかったの」と(たぶん)言ってくる。もうお手上げ状態だ。 ▽するとそこへ、乗車の際にパスポートと乗車券をチェックした英語の話せる女性乗務員が顔を出したので、持っている乗車券を見せると自分の間違いに気づいたようで、右手を額に当て「Oh、No」といった(かどうかは分からないが)感じで顔を曇らせる。 ▽そこで、ヴォルゴグラードからモスクワへ行き、さらにモスクワからロストフへ行く予定であることを、予約してある乗車券を示して説明しつつ、スーツケースをモスクワでドロップすることを伝えた。彼女も理解してくれたようで、一度姿を消して待つこと10分。戻って来た彼女は「次の駅で停車するので、そこで降りて。そこからバスかエレクトリック・トレインでヴォルゴグラード1駅に戻りなさい。列車を降りたら駅員にこの紙を見せて」と、破ったノートにロシア語で走り書きしてくれた。 <div style="text-align:center;"><img src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/get20180710_31_tw2.jpg" style="max-width: 100%;"></div>▽あとでロシア語を読めるカメラマンに訳してもらったところ、そこには「私はヴォルゴグラード1駅に戻る必要があります」と書いてあるとのことだった。 ▽止まるはずのない駅で降りると、すでに降車口には2人の駅員が待機していて、スーツケーを駅舎まで運んでくれる。そして駅舎に入ると女性が待ち受けていて、パスポートとIDを確認しながら英語とロシア語の氏名を書き写すと事務所へと消えた。その間、待つこと5分、スマホで顔写真も撮影された。 ▽やがて戻って来た女性は、次の電車の最後尾に乗るよう身振り手振りで示してくれる。乗ったら乗ったで、車内の添乗員が「スーツケースは出口に置いておいていいから、こちらのシートに座って」と同じく身振り手振りで示してくれた。 ▽初めて乗ってみて気づいたのだが、これはガイドブックで紹介されていた市内近郊を走るエレクトリーチカ(電気電車)という電車で、長距離の寝台車が止まる駅ではない。間違いに気づいた女性乗務員は、間抜けな日本人のために寝台車を急きょヴォルゴグラード1駅に戻れる駅に緊急停車し、その後のフォローを駅の乗務員に託してくれたのだった。 ▽無事、ヴォルゴグラード1駅に戻ると、ここでも降車口に3人のボランティアが待っていた。リーダーらしき女性に付き従い切符売り場に案内されると、「新たに乗車券を買う必要があるけど買いますか」と言うので「ダー(イエス)、ダー」と連呼。すると彼女は番号札を引き抜き窓口に行って係員と一言二言かわすと、いきなりデジタル表示がいま引き抜いたばかりの番号に変わり、待つことなく乗車券を買えた。 ▽当初の乗車券はヴォルゴグラード10時20分発でモスクワ到着は翌日の10時38分だった。新たに購入した乗車券は3等列車のため6人乗りの寝台車と狭かったものの、15時30分発なのに、モスクワには翌朝の7時過ぎに到着する。8時間近い短縮だ。 ▽無事にモスクワ行きの寝台車に乗れて、改めて彼女の機転とその後のフォローには感謝せずにはいられない。列車を降りるたびに駅員やボランティアが待ち受けていて、先導して案内してくれる。ちょっとVIPになった気分もしたが、むしろ1人で初めて海外旅行する小学生を、行く先々でキャビンアテンダントがフォローしたと言った方が正しいかもしれない。 ▽彼女、彼らには別れ際に何度も「スパシーバ(ありがとう)」と繰り返したのは言うまでもない。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2018.07.10 20:00 Tue
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【六川亨の日本サッカーの歩み】ポーランド戦のパス回しとロシアの勝利

▽この原稿を書いているのは7月1日の午後20時近く。モスクワからロストフへの寝台列車の中だ。今日17時から始まったラウンド16のロシア対スペインは、ロシア人サポーターがiPadで観戦中だったので、客室にお邪魔して一緒に見させてもらった(ビールも奢ってくれた)。 ▽FKからOGでスペインに先制を許すと、「仕方ない」といった表情で口数が少なくなる。彼らにしても、グループステージを通過すればスペインかポルトガルが待ち受けていただけに、あまり多くを期待していなかったのかもしれない。 ▽さて本題である。日本対ポーランド戦の後半40分過ぎからの日本のパス回し。0-1で負けているにもかかわらず、2位セネガルがコロンビアにリードを許したため3位に転落し、日本が2位に浮上したから西野監督も指示したのだが、これについて賛否両論が出た。 ▽それはそれで健全な証拠だと思う。グループステージ最終戦で前回優勝国のドイツを倒した韓国からすれば、溜飲を下げつつもグループステージで敗退しただけに、ベスト16に進んだライバル日本に対し「潔くない」と批判の意見が出るのは十分に予想できた。 ▽他にも世界各国から賛否両論の意見が出た。例えば、大会のレギュレーションに従えば2位以内に入るのがグループステージの戦い方であり、日本が批判されるのは見当違いだという好意的な意見もあれば、W杯と日本の価値を貶める行為と非難する声もあった。 ▽個人的には、どちらも当てはまらないと思う。なぜなら、あのメンバーではポーランドからゴールを奪うことは不可能と思えたからだ。セネガルの失点は僥倖のようなもの。西野監督としては残り時間を耐えて、あとは運を天に任せるしか選択肢はなかっただろう。 ▽6人のメンバーを入れ替えた理由を西野監督は主力の疲労によるものと説明した。それは理解できる。しかし、宇佐美貴史は攻守とも貢献したシーンは皆無に近い。なぜ西野監督が選んだのか不思議でもある。酒井高徳は必死に酒井宏樹に攻撃のスペースを作ろうとしたが、慣れないポジションのためか効果はなかった。槙野智章はやはり守備に不安があり、すぐに手を使う癖は抜けていない。 ▽西野監督は負傷の岡崎慎司に代え大迫勇也、宇佐美に代え乾貴士を投入した。残り1枚のカードは守備固めに長谷部誠を使ったが、例え香川真司か本田圭佑を起用しても、あのメンバーではゴールの匂いがまったく感じられなかった。 ▽裏返せば、日本の選手層はかなり薄いことをポーランド戦では露呈した。だから、「あのメンバー」では1点のビハインドでもボールを回すしかなく、セネガルの失点と、ポーランドの消極的な試合運びという二重の幸運も日本に味方した。 ▽もしも、日本がドローを目指して攻撃に出る、あるいはブーイングに怖じ気づいてロングキックに逃げる――実際、コロンビア戦やセネガル戦ではそうした時間帯もあったが――ことこそ恐れた。 ▽なぜなら日本は、過去にW杯出場まであと数十秒と迫りながらカウンターを食らい、アディショナルタイム(当時はロスタイム)にCKから同点ゴールを許してW杯初出場を逃した苦い経験があるからだ。こうした過去を踏まえて、今回のポーランド戦の日本のプレーを解説した欧州や南米のメディアはない。そこまでは知る由もないだろうから、気にする必要もない。 <div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20180702_42_tw2.jpg" style="max-width: 70%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)Toru Rokukawa<hr></div>▽といったところで、通路から歓声が上がり、大騒ぎしているようだ。通路に出てみると、ロシア人サポーターが重なり合うように、iPadのある客車に群がっている。どうやらロシアがスペインを下したようだ(1-1の延長からPK戦を4-3で下す)。ホストカントリーが勝ち上がれば、それだけ大会も盛り上がるので、今後の快進撃を期待したい。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2018.07.02 21:30 Mon
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【六川亨の日本サッカーの歩み】VARの功罪とは

▽6月14日のロシア対サウジアラビアで開幕したW杯も12日が過ぎ、各グループとも2試合を終え、今週からは最終戦を迎える。すでにグループステージ突破を決めた国、敗退の決まった国もいるが、ドイツやアルゼンチン、ブラジルら、どちらかというと下馬評の高かった国の苦戦が目立つ。 ▽そんななか、大会序盤から話題を呼んだのが、今大会から導入された「ビデオ・アシスタント・レフェリーシステム」、いわゆるVARシステムである。幸いにもというべきか、日本はまだ新システムによる“被害”も“恩恵”も受けていない。 ▽このVAR、個人的には反対派だ。まず試合の流れが止まり、緊迫感が薄れること著しい。そして、例えばテニスでは選手が要求すれば高速スローの映像で、選手、審判、コートの観客はもちろん、TV視聴者にもジャッジの正誤がわかる。しかしVARでは、問題のシーンはスタジアムとTVで繰り返されても、具体的にどのプレーを主審はファウルと判断したのか分かりづらい。 ▽大会序盤、VARで増えたのがPKの数である。正当なファウルと主審が判断してプレーオンにしても、このVARで判定が覆ってPKとなるシーンをかなり見た。それだけ主審はPKを見逃してきたのか。あるいはVAR導入により、試験的にPKをなるべく取らないようにしているのか。こちらは大会後の総括で明かされるだろう。 ▽これまでペナルティーエリア内で攻撃側の選手が倒されてもPKにならないシーンがあった。攻撃側の反則、いわゆるシミュレーションである。近年のFIFA(国際サッカー連盟)は特にシミュレーションを厳密に取るよう通達してきた。 ▽ところが今大会はシミュレーションによる警告やFKが少ないような気がする。ドリブルを仕掛けてペナルティーエリアに入る。その一瞬、攻撃側の選手がファウルを誘ったり、自らダイブしたりしたかどうか。その判断は前後のプレーも含め、瞬時に決めなければならない。 ▽これなどは、VARでの判定はかなり難しいのではないだろうか。最新の映像技術で繰り返し問題のシーンを見直しても、選手の内面までは映し出すことはできないからだ。「現場の空気感」、あるいは「主審の直感」が選手の精神状態を把握できるのかもしれない。もちろん、触れていないのにダイブするような選手は、もはやファン・サポーターに笑われ者であることは言うまでもない。 ▽VAR導入で増えた見苦しいプレーもある。それはファウルを受けたと主張する選手が、主審同様に両手でボックスのジェスチャーをしてVAR判定を求めることだ。アクチュアルプレイングタイムを増やすためにも、不必要なアピールには口頭で注意を与えるなど試合のスピードアップに努めて欲しい。 ▽いずれにしても、VARについては問題となったシーンや大会後に総括として触れざるを得ないと思っている。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2018.06.26 14:30 Tue
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【六川亨の日本サッカーの歩み】意外と多い前回優勝国の初戦敗戦

▽ロシアに来て12日が過ぎた。昨日は深夜0時55分カザン2駅発の夜行寝台列車でサランスクへ移動した。サランスクに着いたのは午前9時45分。約9時間の道のりである。距離にしては400キロくらいだが、途中で何度も停車して時間を調節するあたり、東京駅発のバスによるスキーツアーと似たような感じだ。 ▽サランスクに着いてまず感じたのは「暑い!」ということ。カザンより涼しいと聞いていたが、昼過ぎにはTシャツ1枚で過ごせる。ここらあたり、先週木曜のコラムでも書いた06年ドイツW杯の悪夢が頭をよぎる。西野ジャパンはカザン入りしてからコンディション調整の練習が多く、走り込みなどのハードな練習はしていない。いまさらながら心配のタネは尽きない。 ▽さてサランスクである。この街の人はとても親切だ。カザンでは道を聞こうとしてもロシア語しか話さないため敬遠されがち。このため大学生でないと英語は通じない。しかしサランスクでは、道で立ち止まっていると寄ってきて、ロシア語で話しかけてくる。こちらがカタコトの英語で答えると、わざわざ英語の話せる若者を探して手助けしてくれるのだ。白タクを拾って行き先と料金を決めてくれたり、ホテルの近くまで遠回りでも案内したりしてくれた。 ▽さてW杯である。昨日は前回優勝国のドイツがメキシコに0-1で敗れる大波乱があった。同じく優勝候補のブラジルがスイスと1-1で引き分けるなど、W杯ならではの初戦の難しさがある。それはコロンビアのペケルマン監督も前日会見で語っていた。 ▽W杯が24カ国に増えた82年スペイン大会以降、前回優勝国が敗れたのは10大会中5回と意外に多い。まず82年スペイン大会では初出場のマラドーナが反則すれすれのラフプレーに苦しめられ、開幕戦でベルギーに0-1で敗れた。 ▽90年のイタリア大会でも前回優勝のアルゼンチンはカメルーンに0-1で敗退。しかしマラドーナに率いられたセレステ・イ・ブランコはブラジルや開催国イタリアを倒して決勝まで進出したのはさすがだった。 ▽新しいところでは、02年の日韓大会でフランスがセネガルに0-1で敗れ、グループリーグ敗退という屈辱を味わう。エースのジダンが負傷していたせいもあるが、当時は前回優勝国が予選を免除されたことで、厳しい試合をする機会が減少したことがその理由の1つと考えられた。 ▽06年ドイツ大会を最後に前回優勝国の予選免除は廃止され、10年南ア大会は予選を突破したイタリアだったが、開幕戦でパラグアイに1-1で引き分けるなどグループリーグ最下位で南アを後にした。 ▽そして14年ブラジル大会ではスペインが開幕戦でオランダに1-5と大敗し、これまたグループリーグで敗退した。フランスとスペインはともに初優勝後のW杯ということもあり、結果を出したチームにありがちな新陳代謝に失敗したと見る向きもある。 ▽しかしドイツは若返りを図ってEUROを制し、どこにもスキはないと思っていた。メキシコの、ドイツの焦りを誘う試合展開も見事だったが、これで初のベスト4進出を果たせるか。 ▽そして明日は日本がコロンビアに挑む。メキシコの再現を多くの日本人サポーターは着たいしていることだろう。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2018.06.19 12:00 Tue
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