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【J1クラブ中間評価】堅守と新システム浸透で連勝街道《ジュビロ磐田》2017.07.21 20:00 Fri

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▽2017シーズンの明治安田生命J1リーグは早くも折り返し地点に。DAZNマネーで増加した分配金などを巡る争いも背景に存在していることから、優勝争いのみならず、例年以上に戦いが激化している。超ワールドサッカー編集部は、このタイミングでJ1全18クラブを中間評価。今回はジュビロ磐田編をお届けする。◆不安定な序盤戦も上位との連戦連勝が確信に
勝ち点28 / 8勝4分5敗
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▽昨シーズンを13位で終え、名波浩監督就任3シーズン目を迎えた磐田。J1復帰2年目の今シーズンは、昨年リーグワースト5の失点数を喫した守備陣が健闘を見せた。前半戦での失点数はリーグ最少失点の「15」。DF大井健太郎とDF森下俊らの既存メンバーの安定やDF高橋祥平、MFムサエフといった新加入選手の早期フィットで強固なディフェンスを形成した。

▽また、攻撃面においても、シーズンを通じて徐々にモデルチェンジ。FWジェイという得点源を失った攻撃を今シーズンから新たにMF中村俊輔、FW川又堅碁がリードし、チームで得点を目指すスタイルが確立された。さらに、チームは名波浩監督がシーズン途中で下した3バック導入後、第14節のガンバ大阪戦から浦和レッズ、FC東京、アルビレックス新潟を連破。11年ぶりの4連勝を飾り、シーズン目標の「一桁順位」フィニッシュへ上々の形で後半戦を迎える。

◆ポジション別採点
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【GK&DF】90/100点満点
▽昨シーズン、守護神GKカミンスキーに助けられていた守備陣が成長。ディフェンスリーダーの大井とカバーリングに長けた森下、攻撃的な高橋が序盤から好連携を見せ、安定した守備組織を形成した。3バックへの変更にもすんなりと対応。高いライン設定でコンパクトなディフェンスを保ち続け、7度のクリーンシートで攻撃陣を援護した。

【MF】60/100点満点
▽ムサエフとMF川辺駿が攻守に躍動し、名波浩監督が掲げたスタイル「高い位置で奪って、10秒、15秒でフィニッシュ」の旗手に。また、アダイウトンと川又を生かしたカウンターが脅威となる中、中村俊のゲームコントロールとセットプレーが攻撃の幅を増加させた。一方で、システムの変更により一列上げたDF櫻内渚とMF宮崎智彦が高い位置からのプレスに一役買うも、攻撃面では力強さに欠けた印象だ。不安定な得点力改善へ攻撃に厚みを加えたいところだ。

【FW】70/100点満点
▽新加入の川又が7ゴールを記録。チャンスの場面以外でもポストプレーヤーやファーストディフェンスとして献身性を発揮し、チームに大きく貢献した。しかし、FW小川航基がU-20W杯で負傷し、控えにFW齊藤和樹一枚しか居ないことは大きな不安材料。後半戦に向けては、特別指定選手として加入した筑波大のFW中野誠也を加えた競争で、川又を支えていくことが必要だ。

◆超WS的前半戦チーム内GOODプレーヤー
DF大井健太郎(33歳/No.3)
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明治安田生命J1リーグ:17試合(先発17回)/2ゴール
▽ここまで全試合でフル出場しているベテランDFを選出。併用された4バックと3バックの両システムで巧みにディフェンスラインを統率し、体を張った守備で相手攻撃陣を封鎖した。また、181cmと特別高くはないものの、セットプレーでは脅威となり、前半戦で2ゴールを記録。ゲームキャプテンとしてチームの躍進を支えている。

◆超WS的前半戦チーム内BADプレーヤー
MF太田吉彰(34歳/No.9)
明治安田生命J1リーグ:7試合(先発6回)/0ゴール
▽開幕戦からサイドハーフで出場し、豊富な運動量を見せた一方で、クロスの精度や判断力を欠き、相手の嫌がる存在になりきれなかった。第7節からは出場機会が与えられず、挽回のチャンスが訪れた第11節の川崎フロンターレ戦で相手のシュートを防いだ際に負傷するという苦しい前半戦を過ごした。ウイングバックもこなせるだけに、後半戦は攻撃面で違いを見せつけ、チームの得点増加に貢献したい。

◆控え選手の台頭で苦手の夏場払拭へ
▽前半戦終盤の上位クラブとの連戦で連勝し、チームの自信が確信に変わりつつある磐田。7位で折り返すことができ、上位争いにも加わることも可能な位置につけている。ここからさらに上を目指すためには、苦手な夏場を乗り越える必要がある。昨シーズン、磐田は1stステージを8位で折り返したものの、夏場から急失速。2ndステージではわずか2勝しかできず、残留争いに巻き込まれた。

▽その失敗を繰り返さないためにも、控え選手の台頭が望まれる。3バックシステムの浸透で、上位クラブとも互角以上に渡り合える力をつけてきているものの、選手層は薄く、各ポジションで主力メンバーの代わりを務められる選手が少ない。センターバックでは誰かがケガをすれば、4バックシステムに戻さざるを得ない可能性もある。また、FW陣も川又を交代させるだけの選手がいない。競争を強める中で、チーム全体のクオリティを上げていきたいところだ。

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ランパード監督のスタンフォード・ブリッジ凱旋とサポータに見せた確かな手腕/編集部コラム

▽10月31日──日本をはじめ世界中がハロウィンで盛り上がる中、チェルシーにとっては忘れられない1日となった。クラブのレジェンド・オブ・レジェンド、フランク・ランパードがスタンフォード・ブリッジに帰還した。それも、選手ではなく監督として─。 「ランパードが帰ってくる」 ▽このニュースに世界中のチェルシーファンが心を躍らせた。 ◆チェルシーとランパードの出会い<div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20181115_23_tw.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div>▽2001年にウェストハムからチェルシーにやってきたランパードは、元イングランド代表DFフランク・リチャード・ジョージ・ランパード、通称フランク・ランパード・シニアを父に持ち、当時から名の知れた存在であった。 ▽加入後まもなくして、ランパードは当時指揮を執っていたクラウディオ・ラニエリ監督の下でレギュラーの座を掴んだ。 ▽2003年、現オーナーのロマン・アブラモビッチ氏がクラブを買収し、多額の移籍金で大物選手を爆買いしていく中でも、ランパードの地位は揺るがなかった。それは監督が交代しても同じだった。 ▽ジョゼ・モウリーニョ、フース・ヒディンク、カルロ・アンチェロッティ、ロベルト・ディ・マッテオ……。指揮官の就任と解任を繰り返すチェルシーにあって、ランパードは不変、唯一無二と呼べる存在だった。 ▽在籍13年間の中で、ランパードがチェルシーで獲得したタイトルは「14」に上る。3度のプレミアリーグ制覇や4度のFAカップ優勝、2011-12シーズンには念願のチャンピオンズリーグも獲った。“ビッグクラブ”と呼ばれるようになって日が浅いチェルシーをここまでの存在させたのは、ランパードの功績が大きいことは間違いない。 ◆別れと1度目の凱旋<div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20181115_23_tw2.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div>▽しかし、会うは別れの始め。ブルーズの最高選手“スーパーフランク”は2014年夏に退団。移籍先はメジャー・リーグ・サッカー(MLS)のニューヨーク・シティであった。しかし、シーズン開幕までの間、突如姉妹クラブであるマンチェスター・シティでプレーすることに。そのニュースに目を疑った方も多かっただろう。「あのランパードが敵になるのか?」全チェルシーファンが同じことを思ったに違いない。 ▽そして、その日はやってくる。2014年9月21日、エティハド・スタジアムで行われたマンチェスター・シティvsチェルシーの一戦。チェルシーが1点をリードして迎えた78分、ランパードはDFアレクサンダル・コラロフに代わって途中出場を果たした。しかも、同点弾というプレゼント付きで。 ▽日本ではこれを「恩返し弾」と言うが、どこが恩返しだろうか。「やってくれる…」、まさかランパードにこんな感情を向けることになるとは思っていなかっただろう。 ▽そんなこともありながら、その後ニューヨーク・シティで1年プレーしたランパードは2017年2月に自身のフェイスブックで引退を発表。チェルシーでともにキャプテンとしてチームを支えたDFジョン・テリーは「君が居なくなって寂しくなる。一緒にプレーできたことは本当に名誉なことだった。君との思い出は一生忘れない」とコメント。ほかにもディディエ・ドログバやミヒャエル・バラックなどかつての仲間や盟友たちから多くの激励の言葉が寄せられた。 ◆ランパード監督誕生<div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20181115_23_tw3.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div>▽引退後は指導者に転身することを明らかにしていたランパード。その機会は意外にも早くやってきた。5月31日、イングランド2部のチャンピオンシップに所属するダービー・カウンティがランパード監督就任を発表。IQ150以上のインテリがついにトップクラブを率いることになった。 ▽監督就任に際しランパードは「これは監督として初めての仕事だ。だが、これまで素晴らしい監督を近くで見てきた。自分の力に自信を持っている」と豪語。その言葉通り、ランパード率いるダービーは昨季プレミア昇格プレーオフ決勝まで進んだ勢いそのままに、ここまで8勝4分け5敗で6位に位置。首位のシェフィールド・ユナイテッドとは勝ち点差5としている。 ▽しかし、好調さはこれだけにはとどまらなかった。ダービーは9月26日にEFLカップ3回戦でマンチェスター・ユナイテッドと対戦。率いるのはかつてチェルシーで師弟関係にあったモウリーニョ監督だ。 ▽試合前に「勝てるかどうかは正直かなり難しいところだ。だが我々はファンに恥ずかしくない試合をしなければならない」と控えめなコメントを残していたが、始まってみれば、ユナイテッドに引けを取らない勇ましい姿を見せた。ダービーは相手のシュート数を上回る試合内容で、見事にPK戦の末に勝利。試合後、ランパード監督は「隣に立てただけでとても光栄」と謙虚な姿勢を貫いた。 ▽“ランパード率いる”ダービーがユナイテッドを下したことに、チェルシーファンは驚くとともに誇らしげだったことだろう。だが、彼らををさらに驚かせたのはこの後のことだった。4回戦の組み合わせ抽選の結果、ダービーはチェルシーと対戦することが決定。舞台はスタンフォード・ブリッジ。期待していたような、していなかったようなことが現実になった。 ◆2度目の凱旋と未来への期待<div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20181115_23_tw6.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div>▽「私にとって特別な機会となる。とても興奮しているし、スタジアムの4万人の“友達”に会えることを楽しみにしている」と語るように、ランパード監督自身も特別な感情を抱いていた。 ▽迎えた試合当日、世間がハロウィンで盛り上がる中、その男はチェルシーという“家”にやってきたのだ。スタンドのファンやサポーターに拍手で迎えられ、ランパードもそれに応える。チェルシーのスタッフと握手をし、マウリツィオ・サッリ監督と挨拶を交わした。 ▽固唾を呑んで見守られる中始まった試合は、ダービーが2度のオウンゴールで得点を与えてしまうなど、チェルシーが3-2で勝利。しかし、勇猛果敢にチェルシーに挑んだダービーは内容では劣っていなかった。 ▽内容の充実度は試合後のコメントからも見て取れた。「チェルシーは3点決めたけど我々は4点だったかな? それは冗談だがチームを誇りに思うよ」とランパード監督が語るように、チェルシーは敗れていたもおかしくなかった。それほど、ダービーは監督の戦術を理解し規律を守ったうえで格上と互角以上に戦ったのだ。 「これはランパードがチェルシーを率いるのはそう遠くない」 ▽こんなことを感じざるを得ないほど、ランパード監督の指示や戦術は的確だった。 ▽そして、今月11日、ダービーはチャンピオンシップ第17節でアストン・ビラと対戦。アストン・ビラは先日現役引退を発表したジョン・テリーがアシスタントコーチを務めており、チェルシーやイングランド代表でともにした盟友が敵として向かい合ったのは、2001年3月7日のウェストハムvsチェルシー以来のことだった。 ▽当時はランパードとジョン・テリーはそれぞれウェストハムとチェルシーでプレーしていたが、今回は全く違う立場で激突。試合はアストン・ビラが3-0で勝利したのだが、この2人がピッチの外でライバルになるなんて誰が想像しただろうか。 ▽もしかすると、ブルーズを愛した2人のレジェンドがスタンフォード・ブリッジで再び共闘する姿が見られるかもしれない。そんな夢物語を今は胸にしまっておきたい。 2018.11.15 22:30 Thu
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“ポピー”を着けられないマティッチがユナイテッド浮上のカギ/編集部コラム

▽日本名では「虞美人草(ぐびじんそう)」や「雛芥子(ひなげし)」と呼ばれる可憐な花。ヨーロッパ原産のケシ科の植物は「ポピー」の名で知られている。 ▽プレミアリーグを観る方やこの時期にイギリスへ行ったことがある方は、ユニフォームや監督の胸元に「ポピー」の花が飾られるのを目にしたことがあるだろう。 <div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20181106matic_tw3.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div>▽11月11日は、イギリスでは“Remembrance Day(リメンブランス・デイ)”という記念日である。1918年11月11日の11時に第一次世界大戦の戦闘が集結し、イギリス国王のジョージ5世が定めた記念日。「戦没者追悼の日」とも言われ、今年で100年を迎えることになる。 ▽この日が近づくと、プレミアリーグのピッチには多くのポピーの花が咲く。日本で言うところの、「赤い羽根」に近いだろうか。選手たちだけでなく、一般の方も地下鉄の駅などでは募金をするとポピーの花がもらえるのだ。 ▽そんな中、週末に行われたプレミアリーグでは1人の選手の胸にポピーの花がなかった。それは、マンチェスター・ユナイテッドに所属するセルビア代表MFネマニャ・マティッチだ。 ▽かつてはチェルシーでプレーしたマティッチは、2017-18シーズンからかつての師であるジョゼ・モウリーニョ監督の下でプレーしている。そのマティッチは、3日に行われたボーンマス戦に先発出場。90分間プレーした。 ▽ユナイテッドの中盤を支えるマティッチだが、イギリスで通例となっているポピーの花をユニフォームにつけない理由がある。それは、自身が少年期に経験した戦争を思い出してしまうからだという。自身のインスタグラム(nemanjamatic)で明かした。 「僕にとっては、1999年にセルビアの爆撃によって母国が荒廃していた。個人的には、恐怖を抱いた12歳の少年のように、ヴレロに住んでいるような個人的な感情を思い出してしまうんだ」 ▽マティッチの故郷は、旧ユーゴスラビアのシャバツ。現在のセルビア西部に位置する都市だ。旧ユーゴスラビアでは、1998年からコソボ紛争が勃発。そして、翌1999年にNATO軍によって空爆が行なわれた。 ▽第一次世界大戦の終結を記念して定められた“リメンブランス・デイ”。そして、戦没者の象徴とされる「ポピー」を身につけることは、空爆を体験をしているマティッチには難しいことのようだ。 <div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20181106matic_tw2.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div>▽チェルシー同様に、ユナイテッドでもフィルター役を務めるマティッチ。鋭いタックルで相手を封じ、バイタルエリアで壁となるマティッチは、気の利いたプレーでチームを支える。そして、そのプレースタイル同様に、自身の考えを押し付けることはなかった。 「人々がなぜポピーを身につけているのかは十分に理解している。僕はみなさんの権利を完全に尊重するし、紛争のために愛する人を失った人には同情する」 ▽マティッチは、自身が「ポピー」を身につけていない理由を明かす前に、しっかりと戦没者へと敬意を払った。それもまた、空爆を経験しているからだろう。戦争で愛する人を失った人々の悲しみを理解しているからだ。そして続けた。 「これまで僕が行ってきたことを考えると、ユニフォームにポピーを着けることが正しいとは思わない」 「イギリスの誇りの象徴であるポピーを傷つけたり、誰かを怒らせたりはしたくない。ただ、僕たちはそれぞれの育ち方をしているし、示した通り、僕個人の選択だ」 <div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20181106matic_tw4.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div>▽誠実に、そして自身の考えをしっかりと説明したマティッチ。その投稿には、多くの反応があり、誠実な対応をしたマティッチへの称賛のコメントも残されている。 ▽マティッチといえば、決して裕福ではない故郷のヴレロでも英雄的な存在。地元の小学校に修繕費を支援したり、苦しんでいる人々の借金を肩代わりしたり、「いたわり」「思いやり」の心をもって活動を行なっている。 ▽苦しいシーズンスタートとなったユナイテッドだが、モウリーニョ監督の腹心であるマティッチの誠実さ、思いやりのあるプレーは、チームに安定感をもたらせ、必ずやチームを浮上させるカギとなるだろう。そして、マティッチもそれを望んでいるようだ。 「僕が説明した理由をみんなが理解してくれることを願っている。そして、僕はこの先に待つ試合でチームをサポートすることに集中できる」 ▽「ポピー」の花言葉は「いたわり」「思いやり」。さながら、中盤でチームのバランスを取りながらプレーし、相手のことを考えて行動し、多くの支持を受けるマティッチを表しているようだ。「ポピー」を着けられなくとも、その心にはポピーの花が咲いているのかもしれない。 《超ワールドサッカー編集部・菅野剛史》 2018.11.06 21:30 Tue
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宮本恒靖がガンバを蘇生、そして再び強者に/編集部コラム

▽今のガンバ大阪は、単なる勢いのあるチームとして片付けられないぐらい強い。 ▽G大阪は、4日に埼玉スタジアム2002で行われた明治安田生命J1リーグ第31節で浦和レッズと対戦。4万3000人以上の観客が駆けつけ、真っ赤に染め上がった完全アウェイの地での戦いだったが、「力が試される試合」として位置づけた宮本恒靖監督のチームは見事に3-1の勝利を収めた。 ◆J1残留の目標達成をほぼ確実にした浦和戦<div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20181105_34_tw3.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(c)J.LEAGUE PHOTO<hr></div>▽この試合が就任14試合目となった宮本の采配も的確だった。劣勢の前半に失点していれば、また違った結果になっていたかもしれないが、浦和のオズワルド・オリヴェイラ監督が「負けを認めざるを得えない」と語ったように、「後半勝負」のプランを見事に完遂してみせたG大阪こそが試合の勝者に値した。 ▽その試合、立ち上がりから浦和にボールの主導権争いで劣勢に回ったG大阪は、43分にMF小野瀬康介のレッズサポーターを静寂に包むスーパーミドルで均衡を破ったが、大半の時間で我慢の戦い。後半早々に追いつかれ、ばたつくかに思われたが、宮本監督は既にハーフタイムの間に手を打ってあった。 ▽変更点は、左サイドと2トップの立ち位置だ。MF倉田秋を内側に絞らせることでDF藤春廣輝をより高い位置に押し上げ、浦和のサイドチェンジの起点になるDF森脇良太とDF岩波拓也をケア。さらに、2トップの右でプレーしたFWファン・ウィジョを左に置き、相手の右サイド潰しに徹底的な策を講じた。 ▽これがハマり、左サイドの攻防戦で優位に立ったG大阪は、後半に2得点。それらの得点全ては、機能不全に陥れた浦和の右サイドが起点だった。振り返れば、ヴィッセル神戸戦や横浜F・マリノス戦でも似た展開から勝利を手繰り寄せており、その手腕はもはやスクランブル登板の監督とは思えないものだ。 ▽これにより、G大阪は国内三冠達成時の2014年以来となる破竹の7連勝を成し遂げ、史上稀にみる大混戦模様の残留争いからの生還目安とされる40ポイントをクリア。勝ち点を「42」まで伸ばした宮本監督は、7月23日の就任時に託されたJ1残留という最大のミッション達成をほぼ確実なものにした。 ◆G大阪を熟知する男の「カリスマ性」<div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20181105_34_tw1.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(c)J.LEAGUE PHOTO<hr></div>▽よくここまで巻き返した。今シーズン開幕から続いた最悪の時期を振り返ると、その言葉が真っ先に頭の中に浮かぶ。今シーズンから就任した前任者であるレヴィー・クルピ氏から宮本監督にバトンタッチされるまでに獲得した勝ち点数は「15」。しかも、折り返し地点の17試合終了時点で、だ。 ▽そこから宮本監督就任以降の獲得勝ち点は「27」。その数字だけでも、いかにしてV字回復を遂げたかがわかる。その要因としては、「ファン・ウィジョの得点源としての安定した働き」「戦線復帰した今野泰幸の存在」「アデミウソンの復活」「今夏加入した小野瀬康介&渡邉千真のフィット」が挙げられる。 ▽ただ、そういった要因は、全て宮本監督の勝負師としての資質があってこそだ。様々なディテールを突き詰めていけば、幾つかの状況などが重なっての復調だろうが、宮本監督がU-23監督時代を含むこれまでの指導者キャリアで培った「指導力」や「求心力」、そして「カリスマ性」が最大のカンフル剤になったに違いない。 ▽それと、宮本監督が「G大阪を熟知した男」であることが何より大きい。41歳の青年監督は、今や国内屈指の育成クラブとして知られるG大阪の下部組織からトップチーム昇格を果たした一期生。攻撃的スタイルでJリーグ界を席巻した西野朗体制下、常勝軍団への礎を築いた当時の主力である。 ▽そういった背景を持つG大阪育成出身監督は就任当時、「技術だけじゃなく、フィジカルでも上回る。相手を圧倒したい。(黄金時代の)道に戻したい。強いガンバでいなきゃいけない」と、自身が思い描く理想郷を口にした。現段階で「圧倒」とは程遠いが、「強いガンバ」を取り戻した感はある。この短期間で、だ。 ◆第3の黄金期到来に期待を抱かせる強さ<div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20181105_34_tw2.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(c)J.LEAGUE PHOTO<hr></div>▽目指すべき輪郭が明確化されているかどうかは、選手にとって、やり易さが変わってくる。それは「アート」という抽象的かつ独特な表現で目指すべき戦い方を示した前任のレヴィー・クルピ氏にはなかったことで、宮本監督は就任時のメディア対応から規律と共に、自身の経験談を通じた「オオサカ・スタイルとは」を選手に提示した。 ▽そうした宮本監督の掲げる戦い方がピッチに描かれた試合こそが浦和戦だった。大崩れしない規律だった守備と、反発力となる個の能力を生かした相手の急所を突く攻撃。あの勝利は、練習時から選手の本来持つ能力を引き出しつつ、チーム全体を本来あるべき戦い方に向かわせた宮本監督の努力の賜物と言っても過言ではない。 ▽まだJ1残留に王手をかけたに過ぎないが、今シーズン途中就任から短いスパンで瀕死状態のG大阪を蘇らせた宮本監督。G大阪は宮本監督と共に、もう既に西野政権時代、長谷川政権時代に続く第3の黄金期に歩み始めているのかもしれない。そう先のことを考えてしまうぐらい宮本監督に率いられた今のG大阪は強い。 《超ワールドサッカー編集部・玉田裕太》 2018.11.05 21:00 Mon
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レアル・マドリーに翻弄された男、ロペテギ/編集部コラム

▽レアル・マドリーは29日、フレン・ロペテギ監督の解任を発表した。直近の公式戦7試合1勝1分け5敗という低迷に加え、28日に行われたリーガエスパニョーラ第10節バルセロナ戦での1-5の大敗の責を問う形での更迭だ。 ▽しかしながら、今シーズンのマドリーの惨状は果たしてロペテギ監督の手によるものなのだろうか。フロレンティーノ・ペレス会長を初めとするフロント陣の今夏の動きに疑問を呈したい。 ◆2人のレジェンドの流出、サイクルの終焉<div style="text-align:center;"><img src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/get20181030_35_tw1.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div>▽今夏、指揮2年半の間にチャンピオンズリーグ(CL)3連覇を成し遂げたジネディーヌ・ジダン監督が退任した。また、時を同じくしてFWクリスティアーノ・ロナウドがユベントスに移籍。マドリーで公式戦438試合450ゴールを奪ったストライカーと、歴史上でも類を見ない成功をクラブにもたらした指導者を、同時に失った。 ▽ジダン監督は、退任の際に「変化が必要だった。3年間監督をして、クラブを離れるタイミングだと思った」、「私がこのまま監督を続けても、トロフィー獲得をより難しくするだけ」とコメント。選手時代にも慎重にキャリアを選んでいた人物らしく、鋭い嗅覚でサイクルの移り変わりを感じていたのだろう。 ▽一方で、C・ロナウドは退団を振り返り「僕に対して加入当初のような見方は、もはやクラブ内に存在しなかった。特に、会長からはね」と、ペレス会長への失望を語った。また、「彼にとって、僕は不可欠な存在じゃなかった。それこそが僕を移籍に突き動かした理由だ」とも発言。ペレス会長次第ではC・ロナウドの退団は無かったかもしれず、結果論だが、深刻な得点力不足に陥っている現状を鑑みればこの損失は計り知れないものだろう。 ◆“ラ・ロハ”瓦解がマドリー批判へ<div style="text-align:center;"><img src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/get20181030_35_tw2.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div>▽新時代幕開けの旗印としてマドリーが招へいした人物が、フレン・ロペテギ監督だ。ラージョ・バジェカーノで指導者キャリアを始めた同監督は、レアル・マドリー・カスティージャ(マドリーBチーム)やスペイン代表のアンダー世代で評価を高めており、U-19スペイン代表を率いていた2011年にはU-19EUROで優勝。また、2016年夏にスペインA代表指揮官に就任して以降も、GKダビド・デ・ヘアやMFイスコ、MFコケ、DFダニエル・カルバハルなど多くの若手を引き上げた。見事にベテラン世代との融合を成功させ、20試合14勝6分け無敗、61得点13失点という圧倒的な成績を収めている。 ▽しかし、ロペテギ監督はロシア・ワールドカップ(W杯)開幕の2日前にスペイン代表を電撃解任されることに。その前日にマドリーがロペテギ監督の招へいを発表しており、スペインサッカー連盟(RFEF)のルイス・ルビアレス会長が激怒したためだ。 ▽当然ながら、スペイン国内でマドリーやロペテギ監督を批判する声は大きかった。ペレス会長がルビアレス会長の決断に関して「馬鹿げたリアクションを見せた」と痛烈な批判を浴びせたことも、火に油を注いだだろう。こういった騒動の後、予選で素晴らしい成績を収めていた“ラ・ロハ”が世界大会でお披露目されることはなく、スペインは16強で沈没することとなった。MFダビド・シルバやMFアンドレス・イニエスタ、DFジェラール・ピケら功労者の最後のW杯に泥を塗ってしまったマドリーが、「ルビアレスは大げさだ」とスペイン国民に釈明する姿が好意的に受け入れられるわけがあっただろうか。 ◆大エースが抜けただけの移籍市場<div style="text-align:center;"><img src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/get20181030_35_tw3.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div>▽ロペテギ監督体制下がスタートするシーズン、マドリーが獲得した即戦力はGKティボー・クルトワと、かろうじてFWマリアーノ・ディアスのみ。とはいえ、GKケイロル・ナバスが在籍していたことを考えるとクルトワの到着が劇的な変化に繋がることはなく、マリアーノもマドリーが切望していたような大エースには程遠い。つまり、“今シーズンの戦力”に限ればC・ロナウドが抜けた穴がぽっかりと空いただけの移籍市場だ。 ▽また、マドリー寄りで知られるスペイン最大手『マルカ』は、W杯直後にロペテギ監督が自らポルトMFエクトル・エレーラの獲得を進言したがフロントが拒否したと報道。あくまで報道は報道でしかないが、フロント主導のスター選手は獲得せず、指揮官の必要とする選手も獲得しないというのであれば、チーム作りは困難にならざるを得ない。とりわけ、ジネディーヌ・ジダンという圧倒的な求心力を備えていた人物の後とあっては尚更だ。 ◆理想を追ったロペテギ監督<div style="text-align:center;"><img src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/get20181030_35_tw4.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div>▽そして迎えた新シーズン、UEFAスーパーカップでアトレティコ・マドリーに敗北した以外、滑り出しは順調だった。変化が訪れたのは、初めの公式戦6試合を5勝1分けで終えて迎えたリーガ第6節セビージャ戦。強固な守備や躍動する前線に苦しみ、0-3の完敗を喫した。そこからはアトレティコ戦で引き分けて、アラベス戦、レバンテ戦で連敗。どちらもフィジカルを押し出したハードな試合を得意とするチームで、バルセロナのようなポゼッションスタイルのサッカーにも激しく対抗してきたクラブだ。中盤の連動を重視するロペテギ監督のフットボールからすれば、時間のかかる相手だろう。 ▽もちろん、アトレティコを除けばタレントに明確な差のあるチームなのも確かで、敗北が許されない相手だ。そして、その後の“エル・クラシコ”で1-5の屈辱的大敗を喫したことも、解任に値する出来事に違いない。0-2で迎えたクラシコの後半に傷を最小限にするものではなく奪い返しに行くサッカーで勝負に出るなど、ロペテギ監督が“取りこぼさないサッカー”に徹し切れなかったことも明白に低迷を招いている。 ◆エレガントさとは真逆の解任声明<div style="text-align:center;"><img src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/get20181030_35_tw5.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div>▽今か今かと待たれていた解任の“Xデー”となったのは10月29日。クラシコで完敗した翌日だ。マドリーはクラブ公式サイト上に「理事会は次のバロンドール候補を8選手擁するというクラブ史において前例のない陣容と、ここまで手にした結果の間に大きな不均衡があると理解しています」という声明を掲載し、4か月前までスペイン代表で手腕を発揮していた指揮官の名声を破り去った。「バロンドール候補を8選手擁する」という文言は「フロントの補強不足ではない」という主張に他ならず、「手にした結果の間に大きな不均衡がある」とは、まさにロペテギ監督の采配やマネジメントに全責任を押し付ける声明だ。 ▽だが、クラシコでPKを与えたのはロシアW杯でトロフィーを掲げていたDFヴァランであり、同点のチャンスを逸したのは同大会でMVPを獲得したMFルカ・モドリッチだ。どちらもバロンドール候補筆頭に躍り出る程の選手であり、本来の実力に疑いの余地はない。だが、トップ選手はどれだけ疲労を抱えていてもトップ選手で居られるのだろうか。特にW杯シーズンにトップ選手のパフォーマンスが落ち込むことは十分に予測可能なことであり、フロントの主張には疑問を禁じ得ない。 ▽敗将に更なる屈辱を浴びせることが、ロス・ブランコスの度々掲げている“エレガントさ”という言葉に相応しいのだろうか。クラブとしての気品を最も失っているのは、フロント陣だという気がしてならない。 ◆傷ついたキャリアの回復を<div style="text-align:center;"><img src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/get20181030_35_tw6.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div>▽「クラブはフレン・ロペテギ監督とそのスタッフの仕事とこれまでの働きに感謝しており、彼らのキャリアが今後幸運に満たされるものになることを祈っています」というマドリーの声明とは裏腹に、確実に傷付けられたロペテギ監督のキャリア。クラシコ直前まで選手への信頼を口にし、解任発表後にも「この機会を私に与えてくれたクラブに感謝を述べたい。プレーヤーたちの努力や取り組みにも感謝がしたい。クラブに雇用されている全員にも等しく感謝する」と誠意を示していた人物を糾弾する声が、止むことを願いたい。 《超ワールドサッカー編集部・上村迪助》 2018.10.31 22:00 Wed
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「人を育てる」曺貴裁監督がもたらした“湘南スタイル”の浸透力/編集部コラム

▽就任7年目。「人を育てる力」を持つ曺貴裁監督が、多くの挫折を乗り越え、“折れかかった”ではなく“折れた”心でも立ち上がり続け、一輪の華を咲かせた。 ▽現役時代は柏レイソル、浦和レッズ、ヴィッセル神戸でプレーし、1997年に現役を引退。その後は、川崎フロンターレやセレッソ大阪でコーチを務め、2005年に湘南へとやってきた。湘南の地に足を踏み入れてからは、14年の歳月が経っていた。 <span style="font-weight:700;">◆浮沈を繰り返し“心が折れる”</span><div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/cws20181030_bellmare_tw6.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brains,LTD.<hr></div>▽反町康治前監督(現松本山雅FC監督)の後任として、2012年に湘南の監督に就任した曺監督。当時J2リーグを戦っていた湘南を率いると、シーズンを通して安定した戦いを見せ2位でJ1に昇格を果たした。 ▽2シーズン目をJ1で迎えた曺監督だったが、チームは苦しい戦いを強いられ、1年でのJ2降格となってしまった。しかし、3シーズン目はJ2で開幕14連勝を飾るなど“湘南スタイル”を徐々に作り上げ、勝ち点101でJ2優勝。再びJ1への挑戦権を得る。 ▽2015年は下部組織出身のDF遠藤航(現シント=トロイデンVV)が日本代表に招集されるなど、湘南ベルマーレとしての変革期となり、チームも改名後初のJ1残留を決める。しかし、2016年には遠藤を始め、MF永木亮太(→鹿島アントラーズ)、GK秋元陽太(→FC東京)、DF古林将太(→名古屋グランパス)と主力が軒並み退団。すると、曺監督として2度目のJ2降格を味うことになった。 ▽「何度か折れそうになったのではなく、何度も折れていました。ポキポキ、ポキポキ」とルヴァンカップ決勝後の会見で曺監督はコメントした。昇格と降格を繰り返すエレベータークラブとなり、選手を育てても他クラブに引き抜かれる。毎年のように前年の主力選手が退団する流れでは、チーム作りにも苦慮したはずだ。 ▽それでも諦めなかった曺監督は、「折れていたことをちょっと思い出して、ホッとしたでも良かったでもなく、ギリギリのところでやって来たことが、選手が報われて良かったな」と語り、自身を含め、選手やクラブ全体の長年の苦労が報われたタイトル獲得を喜んでいた。 <span style="font-weight:700;">◆苦悩も継続した“湘南スタイル”</span><div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/cws20181030_bellmare_tw5.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brains,LTD.<hr></div>▽湘南と言えば、「若い」、「ハードワーク」、「縦に早い攻撃」というのが大方のイメージだろう。それは間違っていない。曺監督も「何よりも選手を見ている人に分かりやすい」と語り、“湘南スタイル”を作り上げる上で、ファンやサポーターへの分かりやすさを求めていた。 ▽その一方で、“湘南スタイル”を貫きながらも、選手が引き抜かれ、昇降格を繰り返すことに「僕が折れていたのは、そのスタイルを出して入ればいいのか」と曺監督には葛藤があったようだ。そして、「このスタイルはカルチャー作りにとって大事なんだといっても、説得力がない」とスタイルを貫くだけでは意味がないという答えに辿り着いた。 ▽通常のクラブであれば、監督交代、方針転換、選手補強や育成へのテコ入れを考えるだろう。しかし、湘南は曺監督に託した。「人を育てる力」をもつ曺監督だからこそ、今の“湘南スタイル”ができあがった。 ▽今シーズンの湘南も例年通り多くの新加入選手で構成されている。3バックの中央を担うDF坂圭祐(23/順天堂大学)、ルヴァンカップで結果を残したMF金子大毅(20/神奈川大学)、MF松田天馬(鹿屋体育大学)はルーキー。さらに、MF梅崎司(浦和レッズ)、FW山﨑凌吾(徳島ヴォルティス)は新加入だ。その他にも、DF杉岡大暉(20)は市立船橋高校から加入して2年目、DF山根視来(24)は桐蔭横浜大学から加入して3年目と、主力選手の多くが“湘南スタイル”への馴染みが深いわけではなかった。それでも、チームとして作り上げて結果に繋げた。 <span style="font-weight:700;">◆“スタイル”の前に“勝利”</span><div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/cws20181030_bellmare_tw2.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brains,LTD.<hr></div>▽「勝つためにどうしたらいいかと考えた時に、それ以外のレベルを上げていないと、選手が成長したと実感が持てない感じました」と曺監督は語る。“湘南スタイル”を守りながらもしっかりと結果を出すこと。そのために、曺監督はチームの作り方、選手への接し方を考えた。 ▽曺監督が最も重要だと考えることは「自分を輝かせるためにどう塩梅をつけるかということに責任を持つ」ということ。「監督が言うからとか、チームに求められるからこれをやるしかないんだという選手はいると思いますけど、それは責任放棄だと思う」と、誰しもが陥りそうな考えを排除した。真の意味での“チーム”になることで、スタイルを維持するとともに結果に繋げた。 ▽プロである以上、「勝利」という結果が求められる。しかし、自分たちのスタイルに捉われ、勝つために必要なことが抜け落ちてしまうチームは多い。頭では理解していても、ピッチ上で発揮できない。そういった再現性の低いプレーを続けるチームは少なくなく、継続して結果を出せないことが往往にして多い。 ▽しかし、曺監督は「毎日切磋琢磨してピッチの中の温度を常に下げないで、出ている試合、出ていない試合と、選手の中で選別しないでやってきたことが、こういった結果に繋がって嬉しく思います」と語った。選手が横一線になり、分け隔てなく同じ温度で、同じベクトルでトレーニングを積む。試合に関しても、出場の有無に関わらず、チームが1つになる。そのチーム作りが、身を結んだ。 <span style="font-weight:700;">◆湘南ベルマーレとしての誇り</span><div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/cws20181030_bellmare_tw3.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brains,LTD.<hr></div>▽様々な苦難を乗り越えた曺監督とクラブにとって、ルヴァンカップのタイトル獲得は大きな喜びだろう。しかし、曺監督が語った最も嬉しかったことは、湘南ベルマーレというクラブを表すものだった。 「スタジアムに来た子供たち、その親御さんに、頑張ればここまで来れるんだということを見せられたことが、優勝したことよりも非常に嬉しいです」 ▽横浜F・マリノスとのルヴァンカップ決勝には、湘南の下部組織の選手が多く駆けつけた。下馬評では横浜FMが優勢とも見られたが、結果は1-0で湘南が勝利。結果を残せたことを見せられたことを曺監督は喜んだ。そして、スタジアムに駆けつけた選手たちからの寄せ書きのエピソードを明かしてくれた。 「ただ『勝ってください』とか、『◯◯選手頑張ってください』とか『優勝してください』ではなく、8割ぐらいの選手が“湘南スタイルで”とか、“湘南魂で”とか、小学生が書くということに涙出そうになっていました」 <div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/cws20181030_bellmare_tw4.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brains,LTD.<hr></div>▽トップチームに限らず、各年代の選手たちに浸透する“湘南スタイル”。言い換えれば、“曺貴裁スタイル”とも言えるそのメソッドは、湘南ベルマーレを支える将来の宝たちの支えにもなっている。クラブ創設50周年というメモリアルイヤーにタイトルを獲得したことも大きい。 ▽「これがゴールではなく通過点なので、この後チームがどう変わっていくかに責任があります」とも曺監督は語った。スタイルを確立しつつ、結果にコミットした湘南ベルマーレ。今シーズンはJ1残留という目標が残されている。曺監督とクラブの挑戦は始まったばかりだ。 《超ワールドサッカー編集部・菅野剛史》 2018.10.30 19:50 Tue
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