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【六川亨の日本サッカー見聞録】タイ代表の監督にドゥンガ氏とともに意外な日本人が候補に浮上2017.04.21 22:45 Fri

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(c) CWS Brains, LTD.
▽海外から朗報が届いた。JFA(日本サッカー協会)の元技術委員長だった霜田正浩氏が、タイ代表の監督候補にあがっていると、同国のメディアが4月19日に報道したのだ。タイ代表は同国のレジェンドともいえるキャティサック監督が、ロシアW杯アジア最終予選の日本戦に敗れたことで辞任。すでにW杯出場の可能性は消えたものの、代表監督が空位になっていた。

▽そこで監督候補として白羽の矢が立ったのが、元ブラジル代表監督のドゥンガ氏と並び、霜田氏もその1人に選ばれたのだった。20日午前、霜田氏に連絡したところ、つい先ほど成田に着いたということで、「現地では面談しただけで新聞に顔写真入りで掲載されて困りました」と明るい声で話していた。

▽霜田氏はS級ライセンスを保有しているものの、京都で下部組織の監督経験こそあるが、強化担当がメインの仕事で、FC東京時代も強化部で若手選手の発掘や外国人選手の獲得で手腕を発揮してきた。その経験を高く評価されて2009年に原技術委員長に請われてJFAの技術委員となった。

▽その後はザッケローニ、アギーレ、ハリルホジッチと3人の日本代表監督の交渉と招へいに尽力。しかし昨年3月、田嶋幸三のJFA会長就任により技術委員会は再編され、新たに西野朗氏が技術委員長に就任。霜田氏はナショナルチームダイレクターという名の降格人事を受け入れざるを得なくなった。

▽そして迎えたW杯アジア最終予選は、初戦でUAEに逆転負けする不安なスタートとなった。それでもタイとイラクに勝ち、オーストラリアとは引き分け、11月のサウジアラビア戦にも勝ったことで、霜田氏は自身の役割は終わったと辞意を決断した。その理由は、もしも成績不振でハリルホジッチ監督を途中解任することになれば、それをハリルホジッチ監督に伝えるのは招へいした自身の役目である。その時は一緒に身を引くつもりでいた。

▽しかしW杯予選の前半戦のヤマ場であるサウジアラビアに勝ったことで予選突破に見通しが立った。そしてハリルホジッチ監督は霜田氏に全幅の信頼を置いているものの、監督の人事権はもう霜田氏にはなく、西野技術委員長にある。その西野技術委員長は「途中から就任したので、現場に口を挟む気はない」と霜田氏の職務を尊重していたが、霜田氏は自身が代表スタッフにいることで、ハリルホジッチ監督と西野技術委員長とのコミュニケーションが円滑ではないことを危惧した。

▽ハリルホジッチ監督に対し、『お前のボスは自分ではなく、西野技術委員長だ。生殺与奪の権限は西野技術委員長が握っている。だからW杯の後半戦と本大会は西野技術委員長と命運を賭けて欲しい』というメッセージが、霜田氏の辞任の真相でもある。

▽ただ、これまでJリーグの監督経験のない霜田氏に、タイのサッカー協会が監督のオファーを出したのは意外だった。霜田氏は、「いつかはプロチームの監督をしたい」と夢を語っていた。それが、いきなりタイ代表の監督候補である。

▽過去には、元大宮などの監督を務めた三浦俊也氏がベトナム代表の監督を務めたことがある。クラブチームでは岡田武史氏が中国甲級リーグの杭州緑城の監督を務めたし、JFAの指導者海外派遣でネパールやブータン、チャイニーズタイペイ、北マリアナ諸島へ監督を送り出したことはある。それが今回は、W杯アジア最終予選に残り、急激な発展途上にあるタイの代表監督就任のオファーだ。

▽プロの監督経験のない霜田氏のどこを評価してのオファーなのか。機会があったらタイ協会に取材したいし、何よりも霜田氏がタイ代表の監督に就任することを願わずにはいられない。見ている人は見ているのだろう。
【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。

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【六川亨の日本サッカー見聞録】JリーグがタイでのTV放送を開始。成否を握るのは札幌加入のチャナティップか

▽Jリーグは昨18日、タイの大手衛星放送局TRUE VISIONSとJ1、J2、ルヴァンカップのテレビ放映を6月から開始することで合意に達し、バンコクで記者会見を開いた。過去にはJリーグ創設当初、ジーコやリネカー、リトバルスキーら外国人助っ人を補強したおかげで、ブラジルなどでテレビ放映されたこともあった。しかし長くは続かず、Jリーグの商品価値が落ちると海外でのテレビ放映は打ち切られた。 ▽欧州や南米でJリーグの放映権を売るのは至難の業。そこでJリーグはアジア戦略を推進し、これまでにも各クラブはタイやカンボジアなどのクラブとパートナーシップを締結し、サッカー教室などを開催してきた。ただし、それは限定された活動であり、市場を拡大するまでには至らなかった。 ▽転機となったのは今シーズンだ。J3の鹿児島が初めてタイ人選手(シティチョーク・パソ)を獲得。さらに札幌には今夏、タイ代表でもある人気選手のチャナティップ・ソングラシンのレンタル加入も決まっている。彼らがスタメンで活躍できるかどうかは分からないものの、かつてカズがイタリアへ渡り、その後は多くのJリーガーが参戦したことで、日本でも欧州リーグを見たいというファンが増えた。同様のケースを想定してのテレビ放映であり、タイで成功すれば、今後は東南アジア諸国に放映権を販売していくことだろう。 ▽アジア戦略を重視するJリーグにとっては画期的な1歩と言えるが、不安がないわけではない。まずタイは、イングランドのプレミアリーグが一番人気で、目の肥えたファンをJリーグが獲得できるかどうか。そしてチャナティップ・ソングラシンに続くタイ人選手のJリーグ参戦があるのかどうか未定だからだ。 ▽それというのもタイは、UAEなどの中東諸国と同様、国内リーグでかなり高額のサラリーを受け取っている。それと同額のサラリーを払ってまでJクラブが獲得に乗り出す可能性のあるタレントがいるのかどうか。現在、アルビレックス新潟シンガポールのチェアマンをつとめている是永氏は、「東南アジアのリーグでプレーしている選手は、まずタイのクラブに移籍することを目標にします。それはギャラが高額で、スター選手ともなれば衣食住も保証してくれるからです」と話していた。 ▽まずはチャナティップ・ソングラシンが札幌で活躍することが、今回のテレビ放映の成否を握っていると言っていいだろう。そして18日に行われた記者会見には、懐かしい名前もあった。現在、タイサッカー協会の技術委員長を務めているヴィタヤ・ラオハクル氏だ。 ▽同氏は1977-1978年の1シーズンをヤンマー(現C大阪)でプレーした、JSL(日本サッカーリーグ)史上初めてのアジア人の外国籍選手だった。その後は西ドイツのヘルタ・ベルリンへ移籍し、ヨーロッパのクラブでプレーする初めてのタイ人選手となった。晩年は松下電器(現G大阪)でヘッドコーチ兼選手として活躍し、1990年に引退後はタイ代表や鳥取(JFL)の監督などを務めたが、タイでの交通事故により鳥取の監督を辞任しなければならなかった。 ▽日本とタイの橋渡しのパイオニアとなったヴィタヤ氏が健在なことも、今回のテレビ放映権の締結と無関係ではないような気がしてならない。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2017.05.19 12:00 Fri
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【六川亨の日本サッカー見聞録】G大阪に200万円の制裁金。再発防止には勝点の剥奪を検討すべきか否か

▽Jリーグの村井チェアマンは、4月16日のC大阪対G大阪戦で、G大阪のサポーターによるナチス親衛隊の「SS」を想起させる不適切なフラッグ掲出について、裁定委員会に諮問し、G大阪に対して「けん責(始末書を取り、将来を戒める)」と「制裁金200万円」の制裁を課すことを決定した。 ▽5月11日にJFAハウスで行われた会見に、村井チェアマンはAFCとFIFA総会出席のためバーレーンに出張中のため、インターネットを使ったテレビ会議で参加。冒頭に、差別的な発言をした浦和の森脇や、ボールパーソンに乱暴な行為をした徳島の馬渡ら、ピッチ上で起こった行為に関しては規律委員会に権限があるため、チェアマンは介入できないことを説明。しかしピッチ外の行為に関してはチェアマンが介入する権限があるため、今回、裁定委員会に諮問し、上記の結果になったことを報告した。 ▽200万円の制裁金に関しては、2010年の仙台対浦和戦で、浦和のサポーターが仙台の外国籍選手に対して差別的な行為をしたことと、ペットボトルを投げつけて負傷者を出したことに対し、前者の行為に200万円、後者の行為に300万円の制裁金を課した。2014年の浦和対鳥栖戦では浦和のサポーターが差別的な横断幕を掲げ、チームも試合終了まで外さなかったとして、浦和には無観客試合1試合の制裁が課された。そして同年にはニッパツ三ツ沢で行われた横浜FM対川崎F戦で、横浜FMのサポーターが川崎Fの黒人選手にバナナを振った行為が人種差別に当たるとして500万円の制裁金が課された。 ▽以上のケースを踏まえ、浦和の差別的な行為がベンチマークとなり、今回G大阪には200万円の制裁金が課されたことを説明した。 ▽今回の件を受け、村井チェアマンは、「【1】予防と啓発努力をする。【2】管理体制とモニタリングをしっかりする。【3】危機管理とトラブル発生時に迅速な対応ができたか。【4】再発防止、の4点により今後、量刑は変わってくる」とし、G大阪はサポーターが「SS旗」を使用していることを2014年以前から知りながら「再発防止を徹底できなかった」ものの、「発生後の対応(サポーターの特定と解散、今後のあり方の協議など)には努力は見られた」と一定の評価を下した。 ▽これまでにもサポーターは同じような問題を何度も繰り返してきた。当該サポーターは永久追放となり、チームにはけん責処分や制裁金が課されるものの、なかなか後を絶たない。今回の「SS旗」事件はサポーターの通報やSNS等の拡散によって発覚したが、一番の監視役になるのは、そばにいるサポーター仲間ではないだろうか。 ▽制裁金はチームが支払うため、当事者であるサポーターに金銭的な負担はない。であるなら、かつて浦和に課した無観客試合や、これまで例はないものの勝点の剥奪の方がサポーターにとってはより深刻であり、サポーター同士が抑止力になる可能性が高い。 ▽この点を村井チェアマンに質問したところ、「1つ1つの事実に基づきながら判断するので、(勝点剥奪は)私の判断だけではできない。浦和は事後処理の対応が遅れたために、無観客試合という判断になった。各クラブが改善努力をすればいいと思うし、私の判断だけで量刑は決められないと思います」と話すにとどめた。実際に深刻な問題が起こらないと、軽々に発言できないからでもあるだろう。 ▽しかし、コトが起こってからでは遅いと思う。チェアマンという組織のトップが厳格な罰則の可能性を示唆するだけでも抑止力になると思うが、チェアマンがあまりに出しゃばると、それはそれで弊害があることを初代チェアマンの時に経験しているので、やはり難しい問題かもしれない。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2017.05.11 19:28 Thu
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【六川亨の日本サッカー見聞録】久保健英がJ1デビュー。末恐ろしい15歳でもある

▽昨日のスポーツニュースは、森本貴幸(15歳10ヶ月6日)に次ぐ若さでJ1(ルヴァンカップ)にデビューした久保健英の話題で持ちきりだった。味の素スタジアムで行われた札幌戦には1万9123人の観衆が詰めかけ、報道陣は231人と異例の多さだった。 ▽広報によると、例年GW(ゴールデンウィーク)期間中は連休のため集客力も落ちるとのこと。まして、関係者には気の毒だが、ナビスコカップの時代からグループリーグは平日のナイターということもあり、リーグ戦ほどファン・サポーターも足を運ばない。まして対戦相手は遠隔地の札幌。800人ほどのファン・サポーターが駆けつけたそうだが、「1万人も入れば御の字」(広報担当者)だったのが、前売りで1万8千枚も売れたそうだ。 ▽それもこれも、久保がデビューする可能性が高いと告知したからだろう。そして実際に2万人近い観衆を集めるのだからたいしたものだ。そして久保は66分に永井と交代で出場すると、直後のFKのこぼれ球をすかさず左足でシュート。これはDFにブロックされたものの、その後も果敢にドリブル突破を仕掛け、FKキッカーとしてゴールを狙った。 ▽今さら久保の非凡さを説明する必要はないと思うが、対戦相手の小野伸二の久保評を紹介しておこう。 「久保君は非常に堂々としていた。見ていてゴールしてしまうのではないかというオーラを感じた。今日は少し遠慮もあったのでしょう。U-23やU-20になればもっと堂々とプレーするでしょう。FKもあそこで蹴らしてもらえるのはチームも信頼しているから。僕とは全然比較にならない。ケガなくワールドユース(U-20W杯)に行って、いい結果が出ることを祈っています」 ▽小野ら“黄金世代”がワールドユースで準優勝したのが1999年。久保が生まれたのは2001年と、小野らの快挙を知らない世代でもある。それでも久保は「小野さんのプレーはYouTubeで見たことがあったし、トラップは足に吸い付くよう。これが一流選手かと思った。W杯とかに出ているし、オーラがあった。(小野に褒められたことを伝え聞くと)光栄です」とはにかんでいた。 ▽その久保の凄いところがもう1つある。普段のFC東京は、試合後にメインスタンド下のホールに柵を置いて、両チームの選手は呼び止められたら報道陣の質問に答える。いわゆるミックスゾーンというやつだ。しかし昨夜は、両チームの全選手が消えてから久保が登場し、報道陣の質問に答えた。その際に、いつもなら背景にはFC東京のメインスポンサー数社のロゴが入ったボードが設置される。しかし久保の背後には大手飲料メーカーのロゴだけのボードに変えられていた。 ▽たぶん札幌戦は『○○○デー』と銘打たれた試合だったのだろう。そして思い出したのが、昨年11月5日に駒沢陸上競技場で行われたJ3リーグの長野戦、久保がJデビューを果たした試合も『○○○デー』だった。その時も、テレビ取材の際は久保の背後にボードがあったと記憶しているが、メーカー名までは覚えていない。15歳にして、すでに久保には公にできないものの、スポンサーがついているのかもしれない。だとしたら末恐ろしい15歳でもある。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2017.05.04 16:00 Thu
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【六川亨の日本サッカー見聞録】差別的なフラッグで川崎Fは2試合の無観客試合か

▽Jリーグは4月27日に第4回の理事会を開催し、今年7月にボルシア・ドルトムントとセビージャを招いて、浦和と鹿島が対戦する「明治安田生命Jリーグワールドチャレンジ2017」を開催することなどを発表した。浦和対ドルトムントが7月15日に埼玉スタジアムで、鹿島対セビージャが7月22日にカシマスタジアムで開催される。時間は未定ながら、夏場の試合のためナイトゲームが予想される。 ▽そして今回の理事会で1時間半に及ぶ議論を費やしたのが、すでに新聞等でも報じられている、G大阪のサポーターが起こしたナチス親衛隊(SS)をイメージする旗を掲げたことと、ACLの水原戦で川崎Fのサポーターが旭日旗を掲げた件だった。 ▽事件があったのは、4月16日に長居スタジアムで行われたC大阪対G大阪のダービーマッチだった。長居駅からG大阪のサポーターがSSを模した旗を掲げ、試合中もゴール裏で旗が揺れていた。G大阪の説明によると、試合中は認識できなかったものの、夜の19時過ぎにHPに問い合わせがあり、19日にはJリーグにもメールでの問い合わせがあったという。 ▽事実を確認したG大阪の山内隆司社長は、4月21日の大宮戦からフラッグの掲出を控えるようサポーターに求め、その後は今シーズンの公式戦のすべてでフラッグ等の掲出を禁止。そしてSS旗を作成したサポーターグループの代表者と協議した結果、グループの解散と同グループに所属するサポーターを無期限で入場禁止の措置をとったことをJリーグに報告した。 ▽今後、G大阪は応援に関するプロジェクトチームを作り、コンセプト、要項作りなどをクラブとサポーターでアイデアを出して共同で考える、定期的に意見交換して議論を進めるなどの対応策を取ることも報告。理事会では啓発をサッカー界が率先して行うとの意見で一致し、G大阪の考え方をJクラブで共有することになった。 ▽今後はG大阪を処分するかしないかも含めてJリーグは検討するという。一方、予断を許さないのが川崎Fに対する処分である。Jリーグでは旭日旗の使用は「政治的、差別的な意図はないと認識している」(村井チェアマン)ものの、韓国では戦前の日本による侵略の象徴ととらえられている。このためJFA(日本サッカー協会)は、国際試合での使用について相手が不快に思う場合は自粛をお願いすることもあるそうだ。 ▽こちらの件で難しいのは、ACLはAFC(アジアサッカー連盟)の主管試合であること。Jリーグが独自の判断や制裁を加えることはできず、昨日の段階でもAFCからJリーグには何の連絡もない。村井チェアマンによると、AFCが何らかの制裁を科す場合は、直接、川崎Fにコンタクトを取るか、JFAを通じての制裁になる可能性が高いらしい。 ▽そして27日の午後、AFCは旭日旗を掲げた件で、規律倫理規則の第58条にある「差別禁止規定に抵触」するとして、川崎Fの処分を検討するとHPで発表した。AFCは倫理規定でスタジアムでの尊厳を傷つける差別や政治的な意見を禁止している。どのような処分になるかはAFCの規律委員会で協議されるが、最低2試合の無観客試合と1万5千ドル(約167万円)以上の罰金を科される可能性もある。 ▽AFCが制裁を科せるのは、当事者の川崎Fと、場合によっては日本代表も含まれただけに、川崎Fへの処分を検討していることは、被害が日本代表に及ばずに済んだだけに、言葉は悪いが一安心といったところ。 ▽ACLでは浦和と鹿島が好スタートを切っただけに、川崎Fのサポーターと、Jリーグでの出来事だがG大阪のサポーターが起こした、差別的ともとられかねないフラッグの掲出は残念だし、配慮を欠いた事件でもある。今回の一件を他山の石としてサポーターは共有するべきだろう。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2017.04.28 12:15 Fri
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【六川亨の日本サッカー見聞録】ドルトムントのチームバス襲撃事件に思うコト

▽ドルトムントのチームバスが襲撃された事件で、スペイン代表DFマルク・バルトラが右手を負傷したものの、彼以外の選手が無事だったのは不幸中の幸いと言える。翌日に延期された試合ではモナコに2-3と敗れたものの、1点差に留められたことはセカンドレグに向けて好材料だろう。 ▽スポーツにおけるテロ行為は、古くは1972年の西ドイツ五輪でパレスチナの武装組織がオリンピック村に侵入し、敵対するイスラエルの選手を人質にとって立てこもった事件が有名だ。西ドイツ当局は人質の救出作戦を強行したものの、人質9人全員が死亡するなど痛ましい結果となった。 ▽当時は、政治的な対立から五輪がテロ行為のターゲットになったものの、「サッカーで同じことをしたら全世界を敵に回すことになる。だからW杯を標的にするテロリストはいないだろう」と言われたものだ。 ▽しかし、それも昔の話。1996年にはEUROを開催中のイングランドで爆破事件が発生。こちらも政治的に対立するアイルランド共和軍(IRA)の犯行と見られた。そして2002年には、レアル対バルサのCL準決勝の数時間前に、サンティアゴ・ベルナベウ・スタジアム付近で車に仕掛けられた爆弾が爆発。こちらもバスク地方の分離独立を目指す民族組織「バスク祖国と自由」(ETA)の犯行とみられ、17人が負傷した。 ▽サッカーを標的にしたテロは、最近では2010年にウガンダの首都カンパラで、W杯を観戦する飲食店で爆破事件が起こり、死者は50人にも及んだ。国際テロ組織アルカイダの関与が疑われたものだ。そして記憶に新しいところでは、2015年にEUROが開催されたフランスで、パリ同時多発テロ事件が起き、フランス対ドイツの行われていたサン・ドニ・スタジアムの入り口付近で3度の爆発があり、劇場や料理店なども含めると130人近くの人が亡くなった。こちらはイスラム国(IS)の犯行とされ、彼らは様々な国でテロ行為に及んでいる。 ▽もはや「サッカーだから標的にされない」という時代は過去のものとなり、「サッカーだからこそ狙われる」時代になっているようだ。過去2回のW杯は南アフリカとブラジルという、ムスリム(イスラム教徒)とはあまり縁のない国だったため、テロよりも強盗に注意を払ったものだ。しかし来年W杯を開催するロシアはイスラム教徒も多く、1990年代以降はテロ事件も増加しているだけに、ターゲットにされる可能性も少なくはないだろう。 ▽そしてドルトムントである。W杯やEUROといった国際大会ではなく、1クラブが狙われる事件が起きた。神戸に加入の決まったルーカス・ポドルスキは、トルコ(ガラタサライ)では常にテロの危険があるため日本行きを決断したという噂もあるほどだ。欧州でのサッカー観戦は、特にムスリムの多いフランスやベルギーでは十分な警戒が必要になるだろう。といっても、スタジアム周辺は人混みが多いため、どう警戒すればいいのか分からないのが実情だ。 ▽香川については、FC東京のGK林が事件直後にメールで「大丈夫か?」と送信したところ、すぐに「大丈夫」との返信が来たことを明かしていた。続けて林は「ちょっと世界ではいろんな、ボクらの予測外のことが起きる状況で、死者が出ないで不幸中の幸いだった。どういう価値観なのか分からないので口のはさみかたがないけど、サッカーがどうのこうのではなく、人の命は尊いもの。容認できないことが多すぎるし、国内じゃないからいいやじゃなく、なくなるように願うしかない」と話していた。 ▽林の言う通り、テロが「なくなるのを願うしかない」現実に無力感を抱かざるを得ないと思っているサッカーファンも多いことだろう。コトは宗教的な対立と貧困が根底にあるだけに、根の深い問題でもある。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2017.04.13 18:22 Thu
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