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【東本貢司のFCUK!】見えてきた“サウスゲイト式”2017.03.27 11:53 Mon

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▽オランダがブルガリアに敗れた以外は平穏なW杯ヨーロッパ予選だった。実力伯仲のアイルランド-ウェールズのドローも“順当”、北アイルランドには底力が備わってきた。崖っぷち寸前のスコットランドは、終了間際の決勝ゴールで望みをつなぎ、その勝利はイングランドの後押しにもなった。ハイライトといえば、やはりそのイングランド。約3年半ぶりに代表復帰したジャーメイン・デフォーが話題をさらった。ハリー・ケインの負傷欠場さまさまだったとしても、きっちり先制ゴールをたたき出した事実は、ニューズネタとしても大きい。ポドルスキの“独り舞台”が既定路線だった対ドイツ・フレンドリーも、特に悲観すべき点は見当たらなかった。予選は順調でも本番でコケる最近の悪いクセを考えれば、楽観も悲観もないところだが、ギャレス・サウスゲイトの更迭論が出る余地もないだけで良しとすべきだろう。そのうえで、今後の課題についていくつか気になることを。

▽現実的ではないという見方もあろうが、サウスゲイト・イングランドはこの対リトアニア勝利の余韻を大切にしていくべきだと思う。実績、経験、その他の“ありきたり”な尺度にあえてこだわらず、この布陣を基本路線に定めていくということだ。大筋はほぼ見えてきている。司令塔アリ、エースチャンスメイカーはララーナ、守りの軸はストーンズ。アンカーのダイアーについては、前回ユーロから個人的に物足りない部分も感じるが、穴になるというわけでもない。スターリングもパフォーマンスが安定してきて戦力としての“独り立ち”が見込める。両サイドバックはウォーカー(右)がマストになるが、オプションは豊富。ディフェンス面に不安が残るショーは、ドイツ戦でとった3バックシステムのウィングバックに使う方が生きそうだ。つまり「Bプラン要員」。中盤を5人で組む場合、底にダイアー、中央にアリとバークリー(格下で守備的な相手ならオクスレイド=チェンバレンなど)、両ワイドにララーナとスターリング。トップはケインでヴァーディーとデフォーがサブ、もしくは状況次第でいずれかがケインのパートナーに。ではルーニーは?

▽それは後回しにして、一番の考えどころがディフェンスセンター。ここほどパートナーシップが要なところもない。とっかえひっかえではサマにならない。やはり、最後はジャギエルカの経験に頼ることになるのか・・・・? とりあえず現状での「理想論」を。まず、めっきりグアルディオラの信頼を勝ち取りつつあるストーンズを軸とする。相方には心境著しいマイケル・キーン。この、若いコンビを主戦と位置付ける。ジャギエルカはいざというときの“最後の砦”として(相手次第で)起用する。あえてダメもとという言い方をするが、こうした方が先の希望が開けるはず。つまり、思い切って若返りの早期実現を“謳う”のだ。筆者はこの“謳う”メッセージこそ、スリーライオンズ復活の真の決め手になると信じている。いわば、オープン・セサミ、開けゴマ。そして、サウスゲイト自身もきっと同じことを考えていると思う。アンダーエイジで好成績を上げてきた彼だからこその説得力もある。というか、それこそがサウスゲイト指名の最大の根拠に違いないからだ。

▽そこで、ルーニー。サウスゲイトは「まだやれる、必要」と言い切っている。そのココロ、もしくは“条件”は(おそらく)こうだ。「あまり動きすぎるな」。ルーニーが(クラブでも代表でも)しっくりこなくなっている理由は、彼自ら役割の多様性をもたらしている諸刃の剣。そもそもがストライカー由来なのに、妙に責任感が強いせいで、あれもこれも自分が、という逸る気持ちが出すぎて、かえってチームプレーをぎくしゃくさせている。モウリーニョが使い辛くなっているのもその点にあるはず。どんと構えればいい。トップ下に入ればディフェンスは他に任せる、引いた位置ならそれこそ周りの回転軸になるポジションを死守する。本人が納得するかどうかだが、筆者はあえてアンカーに固定してみてはどうかと考えている。つまり、ダイアーの代わりだ(その場合、ダイアーはセンターバックに使える)。攻撃の組み立て、お膳立てはアリとバークリーに託して、むやみにファイナルサードには立ち入らないと肝に銘じるのだ。ひょっとしたら、このルーニーの“世紀の決断”こそが、イングランドが世界の頂点に挑戦するためのキモではないだろうか。

▽総体的にぐっと若返り、ぐっと肝が据わって“動かない”ルーニーが名実ともに柱石の姿勢を堅持すれば、きっと相手は勝手が違って面食らう。むろん、そのための十分な練習とコミュニケーションは欠かせないが、こういうチームが淀みなく一丸となり、あらゆる状況に対処できるようになれば、けっこう「負けないチーム」になっていく気がする。その点、参考にすべきなのが最近の北アイルランドだ。“国際的知名度”は薄くとも、どこか得体のしれない粒ぞろいの印象と、実際に当たってみて歯ごたえの凄さで、徐々に主導権をもぎ取っていく。劣勢になっても、さして変わらず黙々とかかってくる。これもまた、強力なメッセージになるだろう。ユーロで対戦したチームは総じてそれを痛感したのではなかったか。言うまでもなく、上記にざっと組んでみた“新生”スリーライオンズには、北アイルランドよりもずっと才能の前提があるはずだ。そして、サウスゲイトは必ずやその線に基づいてチーム改造(→醸成)を目論んでいるに違いない。楽しみになってきた。
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】 1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。

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【東本貢司のFCUK!】多すぎるイベントが孕む不安

▽渡航の予定はない。それでも思わず背筋に冷たいものが走った。実にいたましく、かつ悩ましいことである。このタイミングで発生したマンチェスターのテロ事件。ターミナルのヴィクトリア駅前にある「マンチェスター・アリーナ」は、音楽コンサートだけでなく、テニスなどのスポーツイベントも催される屋内多目的施設だ。ISがバックにいようが何だろうが、何か荒っぽい“リハーサル”もあるいは“警告”の臭いもする。すぐにウェンブリーでFAカップ決勝が行われるし、チャンピオンズ決勝はカーディフのミレニアムが舞台だ。と思わせておいてヨーロッパリーグ決勝の地、ストックホルムを標的にする可能性もある。たった一人の自爆でも、イベント終了後に観客がどっとあふれる場外を狙われてはたまらない。多数の死者を出したテロ事件発生の報を受けて即、ウェンブリーのセキュリティー強化を打ち出したのは当然。あの、パリ同時多発テロ、サン・ドニ事件を思い出す。ドルトムント一行のバスに災禍を見舞った“模倣犯”の心配もしなければならない。 ▽そんな中、アーセナルとマンチェスター・ユナイテッドはシーズンを締めくくる“重要きわまりないラストマッチ”に臨む。両者はともに“すでに”ヨーロッパリーグ出場権を確保している。FAカップのアーセナルは勝っても負けても“収穫”に変化が生じない。だが、悩ましいのはアーセン・ヴェンゲルの、あたかもタイトルを獲れなければ身を引くと言わんばかりの宣言、「カップファイナル後に“結論”を出す」。そして「たとえ(アヤックスに)敗れても失敗のシーズンだったとは思わない」という、ジョゼ・モウリーニョの“自己評価”。ユナイテッドの勝ち負けには、この世界では“天地”の違いほどに相当する“十字架”がかかっているとはいえ、両者がともに失意を引きずる羽目になった場合、来シーズンに向けての展望、強化に甚大な影響を及ぼすのは、ほぼ衆目の一致するところだからだ。だからこそ、もし、ゲームに、プレーに集中できなくなるかもしれない脅威が漂っているこの状況が実に悩ましい。逆に“言い訳”の端くれにはなる? 冗談じゃない。すでにアンダーエイジの大会も始まっている。“標的”の行く先は予測すらつかないのだ。 ▽不安ばかりにとらわれていても仕方がない。冷静に状況を“斟酌(「忖度」じゃない!)”する立場を再確認しよう。アーセナルとユナイテッドはともに「勝つ」。希望的観測ではない。かかっているものの重みが違うからだ。ユナイテッドのクラブ・シーズン最優秀プレーヤーに選ばれたばかりのアンデル・エレーラは言う。「勝ってこそだ。それで我々は前を向ける。もしそうならなかったら、なんて考える余裕はあり得ない」。それはチームメイトの誰しもが同じ思いだろう。負傷中のイブラヒモヴィッチも何くれとチームの意識向上に余念がないという。チャンピオンズ“復帰”が叶わなくなった場合、ハメス・ロドリゲスやアントワン・グリーズマンが来てくれないかもしれない、などという心配など、ただ周辺が騒いでいるだけにすぎない。いい加減にしろ、である。あえて言うならば、ジョゼのためですらない、ジョシュ・ハロップ、アンヘル・ゴメスら次代のホープのために、彼らは「勝つ」のである。新星たちの出番はまずありえない。しかし、たとえストックホルムに帯同せずとも、ハートとスピリットはともにある。それがチームというものなのだ。 ▽アーセナルについても、傍であれこれ言うほど“心配”はしていない。彼らはヴェンゲルのためにではなく、クラブの明日のために「勝つ」。仮にも、サンチェスの、エジルの心に何等かの躊躇、「もし」の腹積もりがあるのだとしたら、すでに彼らはガナーズの一員でも何でもなくなっている。そもそも、プロではない。コシェルニーの出場不能もむしろ団結と必勝の気概の掛け替えのない力になる。例えば、リーグ最終戦、退団するジョン・テリーの「26分の交代」が、賭け絡みの“出来レース”ではなかったかという“冷やかし”など、間違っても真に受けてはならない。せいぜい、ブリティッシュ流ジョークで笑って済ませればいい。「言霊」とか「事前の禁句」というものは、日本人以外には一切通用しない。あえて今回はエモーショナルな物言いをしているが、それはとりもなおさず、このスポーツが「個(の力)」で成り立っているのではない、ということを再確認してもらいたいからだ。誰が抜けて誰が入ってこようと、些末な問題でしかない。どうか、ファンを自負する皆さんには、知ったかぶりの他人事めいた評論に惑わされないでいただきたい。 ▽しかし、それにしても気が付くと、フットボールイベントがやたらと多すぎはしないだろうか。プレーヤーたちにしてもそうだが、ファン(観客/観覧者)にしたところでほとんど目が移り、それこそ目が回る。派生する問題も少なくないIT業界に比べて、世界に冠たる優良で商業的うまみも大きい業界だからこそ、統括/運営母体はもう少し冷静に足元を見直してもらいたいと思うのだが・・・・。独り勝ちになってしまわない配慮を、必要以上にでも“斟酌”していってもらえないのかと危惧するのは筆者だけなのだろうか。グローバル・テロリズムの標的になりやすい状況について、今こそ立ち止まって見つめ直すべきではないのか。ならば、例えば、W杯、ユーロ、ヨーロッパ交流リーグなどの国際大会の拡大ではなく「縮小」こそ、その確たるメッセージになりえないだろうか。まるでゲーム感覚さながらに、戦術やスキルや移籍金の額やクラブの資産価値やらを語る風潮が、実は最近とみに鬱陶しくなってきてはいないか。マンチェスター・アリーナの悲惨で許しがたい事件を耳にした今、そのことに改めて強い疑問が湧き上がる思いである。是非に善処を。<hr>【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】 1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。 2017.05.24 12:05 Wed
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【東本貢司のFCUK!】ロマンティストとリアリスト

▽「freak」。「気まぐれ」もしくは「気まぐれな行為、いたずら」を意味する英語。文脈によっては「風向きが変わること」を指すこともある。13日土曜日のマンチェスター・シティー-レスター戦で見た「マーレズのPK失敗」は、まさに「運命のいたずら」と解され、それより前の「オフサイド疑惑」(シティー、シルヴァの先制ゴールが決まった際、オフサイドポジションにいたスターリングがそのシュートに触れようとしたかに見えた一件)ともども、ゲームの「風向き」を大いに左右しかねない「フリーク」な事件だった。あるいは2点のビハインドからストークがもぎ取った追撃のゴールの際、クラウチの頭よりも先に手に当たったように見える誤審疑惑もその一つに数えていいかもしれない。もっとも、こちらは幸いにもゲームの帰趨にさほどの影響は与えなくて済んだようだ。しかし、何よりも「フリーク」な印象を禁じ得ないのは、ついにプレミアのタイトル奪回に成功したチェルシーの新・名物マネージャー、アントニオ・コンテの人となりではなかろうか。 ▽コンテの就任が公表されたとき、その火傷をしそうな熱血キャラと当時まだ燻っていた不祥事疑惑から、本コラムでコンテを「劇薬」と形容したことを覚えておられるだろうか。決め手となったのは、アンドレア・ピルロの“証言”「あの人といると気の休まる暇がまったくない」だったのだが、此度首尾よくデビューシーズン優勝を果たした直後から、コンテの意外な「気配りの才」が現地メディアで語られ始めたのには、正直“目からウロコが落ち”、なるほどと膝を打ったものである。背景を振り返ればその“劇的効果”がものの見事に「良薬」として機能したことに思い当たる。帰ってきた英雄「スペシャル・ワン」によってもたらされたタイトル奪還と、その後にやってきた思わぬ転落ーーーすべてはジョゼ・モウリーニョという、唯我独尊を絵にかいたような究極のリアリストが招いた天国と地獄・・・・スタンフォード・ブリッジに忍び込んだような失意と割り切れなさの“ウィルス”は、傍から見ても駆除するのにしばらく苦労するのではと思わせたものだった。つまり、コンテは格好のクリーニングアプリだったのだ。呆れるほどのきめ細やかさでもって。 ▽彼はオフの間から(すなわち、イタリア代表監督としてユーロに参戦する合間を縫って)、チェルシーの隅々に至るまで、気配りと人心掌握と“ローラー作戦”を実行していたという。コブハムのトレーニング施設を足しげく訪ね、その責任者、スタッフと濃密な会話を重ねる一方で、オーナーとも影のように付き添って“クリーニング作戦”の種を掘り起こし、慎重かつ丁寧にそれを蒔いて芽が吹くお膳立てを施した。プレーヤー個々との聞き取り、話し合い、アドバイスのやりとりを通して、現状の理解および必要な手立てを模索し、話の分かる兄貴分としての自身を売り込んだ。あの、サイドラインで演じてみせる度肝を抜くような熱血アクション、記者会見間場で記者用に用意されたケーキを“つまみ食い”してみせる茶目っ気、質問に答える際の噛みしめるようなトーンと冷めた鋭い目つき・・・・それらすべてが、“演技”ではない、アントニオ・コンテの素のままの発露だったとすれば、モウリーニョ・ショックで白けかけていたムードを払拭する何よりのカンフル剤だったと、今では思えてくる。ならばあえてこう称したくなる。「稀有なるロマンティスト」 ▽あくまでも対比だ。“脱・リアリスト”に対するロマンティスト。切り替えも潔く迅速だった。アーセナルに3-0で敗れて8位まで転落、首位マンチェスター・シティーに大きくみずをあけられたとき、コンテはやおら3バックを敷いて目先を変えた。それも、奇策でも何でもなく、必然の“二の矢”のごとく。戦術論偏向者にはいろいろと語る種になったようだが、ユヴェントス時代からコンテを観察し続けてきた某識者によると、コンテには戦術志向が薄いという。臨機応変、直感で迷わず善後策の手を打つ、いわば「フリーク」志向の気が強いという。そして、それがチェルシーの現メンバーにぴたりフィットして機能した。モーゼズを再生させ、アスピリクエタの新境地を開き、ケイヒルをキャプテンに据えて新しい“芯”を築き、問題児のコスタを巧みに手なずけた。ときにはピエロのようにふるまいつつ、沈着で冷徹な本質を垣間見せ、夢と現実を巧妙に融合させた。そんな意味での「ロマンティスト」、絵空事や独善ではない「ロマン」の提唱者を、“飾らない地のまま”の言動で演じて見せた。その、開けっぴろげさに、誰もがほだされ身を預けた。 ▽片やリアリストのモウリーニョは、良くも悪くも「信念の人」である。その信念にわずかなりとも異議を申し立てられることを好まない。どこか衝動的にも映るエキセントリックな言動も、必ずその裏には信念に基づいている。そして、それは今、ヨーロッパリーグ制覇にほぼ全面的にフォーカスされている。ある意味での天王山となったアーセナル戦に向けて「主力休養」を匂わせ、セルタをなんとか退けて“計算成就”を目前にした後も「たとえ(アヤックスとの)決勝に敗れて(チャンピオンズ出場を絶たれて)も「(ユナイテッド初年度采配の)成功と言ってはばからない」とうそぶく。ロマンティストは迷わず手を変え品を変え、リアリストは慌てず騒がず我が道を行く。前者は他人の評価など意に介さず(もしくは、そのフリを見せず)、後者は他人の評価の先を読んで利用しようとする。ただし、そんなモウリーニョ流がユナイテッドに“合う”かどうかは・・・・未解決の謎だ。すでに「石橋をたたいて渡る」その守備寄りの考え方は“合わない”と憂慮する声も出ている。多分“答え”はチャンピオンズ復活以降に見えてくるのだろう。さてその成果は?<hr>【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】 1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。 2017.05.14 13:35 Sun
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【東本貢司のFCUK!】サンダランド、明日への降格

▽しかるべくしてサンダランドの降格は決まった。シーズン第二戦、昇格組のミドゥルズブラに敗れた直後、デイヴィッド・モイーズが“予言”した「残留争いに明け暮れる見通し」がほんの一時でさえ覆される予感すら見せないままに。思えば大胆極まりない“賭け”だった。仮に、そのネガティヴなヴィジョンがプレーヤーたちの反骨を誘うと期待したとしてもである。しばし時計を巻き戻してみよう。2011年以降、このノースイーストの名門がたどってきた綱渡りの軌跡を。2012年、プレミア創設以来の最高位に当たる10位に導いた“功労者”スティーヴ・ブルースの“威光”をもってしても、降格の瀬戸際に追い込まれたブラック・キャッツはそのブルースを見切ってマーティン・オニールを招き、残留にこぎつけた。だが翌2012-13シーズンも同様の末路をたどり、パオロ・ディカニオへの乗り換えで降格を阻止するも、まるでこのスクランブル修復が定番と化したかのように、ディカニオ→ポジェ、ポジェ→アドフォカート、アドフォカート→アラダイスと、実に5季連続で“リフレッシュ式”監督交代作戦によって薄氷を踏む生き残りを果たしてきたのだ。 ▽さて、監督/マネージャーの力量・手腕がチーム成績に重大な影響を及ぼすという理屈が、いかに当てにならないかはもはや明白だろう。いまだにそんな“幻想”をまことしやかに語る向きがいること自体、信じられないのだが、ここでいったん、イングランド代表監督に指名されたアラダイスを継いだモイーズの“思い”を推し量ってみたい。過去5年間のサンダランドの“うんざりするような綱渡り”を踏まえて、モイーズは就任に際して「確約」を要求したに違いない。たとえ「シーズンを通して残留争いに明け暮れる」事態が続こうと、仮にも(実際にそうなってしまったように)降格に甘んじる結果になろうと、身分を脅かされることのなきように! そう、3年なら3年、じっくりこのチームを作り上げていく保証を求めたうえでの就任に違いなかった(と、筆者は確信する)。クラブ側も、エヴァートンでの11年間で証明して見せたモイーズの実績を踏まえて「得たり、そのためにあなたを呼んだ」と諸手をあげたはずだ。だが、そんな相思相愛も、モイーズが期待した補強体制にクラブが応えられなかったために、不安でいっぱいの見切り発車を強いられ、その鬱屈が、ミドゥルズブラ戦敗退後のネガティヴな発言を引き出してしまったのだろう。 ▽だとしても、今更ながらに取り返しのつかない失言だったと認めざるを得ない。サポーターは何事かと目を剥いただろう。それ以上に、プレーヤーたちはがっかりしたはずだ。開幕してわずか2戦を消化したに過ぎないのに? いや、それでも好意的に受け止めてみようじゃないか、エヴァートンの11年間を、ユナイテッドとソシエダードの我慢の無さを。モイーズはそもそも補強に慎重で、名前ばかりを追って無闇にカネをばらまくリクルーターではなかった。ティム・ケイヒル、フィル・ジャギエルカ、ジョリオン・レスコット、ミケル・アルテータらは、今なら考えられないような安値で仕入れてみせ、プレミア有数の戦士に仕立て上げたではないか。きっと、サンダランドでもその“眼力”を発揮してくれるに違いない、ならばたった1年や2年で実りがないのも覚悟しなくては。クラブはもとより、現有戦力もサポーターも、そう腹をくくる気になったはず・・・・が、何かが違った。しばらく離れていたプレミアに肌で触れて、ひと昔前のエヴァートン時代とは勝手が違うことを体感したのかもしれない。サンダランドのアカデミーの実態に世を儚んだのかも? ▽先日、あるインタヴューに応えたモイーズの口ぶりと表情を目にした、かつての教え子、リオン・オズマンが証言する。「あんなに憔悴して打ちひしがれた彼を見た記憶がない。まるで解任されたかのように」果たしてそれは、奇しくもあの2戦目後の“失言”を引き出すきっかけになったミドゥルズブラに再び敗れて(4月26日)降格に王手がかかってしまったときだったからなのだろうか。「エヴァートン時代のデイヴィッドは真性のファイターだった。燃え上がる炎のオーラを常にまとい、その両眼からも発散させていた。それが今は・・・・見る影もない」。とはいいつつも、もはやモイーズは後には引けない崖っぷちの心境だろう。ここで身を引けば、それは“完全敗北”を意味し、あの性格からして引退を決意する可能性すらある。いかなる事情、経緯にせよ、ユナイテッド、ソシエダードで失格の烙印を押されて、今また・・・・では、彼を引き受けるクラブなど(少なくともしばらくは)どこを見渡しても覚束ないだろう。ここで踏ん張るしか道はない(と、筆者は推察する)。むろん、その崖っぷちのプライドと決意がサンダランドに通じるかは不透明だが。 ▽もっとも、どう転んでも茨の道は同じだ。ボーンマスとワトフォードの躍進、善戦を前にしては、言い訳の種は一切、間違っても拾えない。プレーヤーたちのヴァイタリティーに差があったと言われても仕方がない。そして、その責任は監督が負うことになる。一つ、忘れないように付記しておくなら、早くからオーナー権譲渡の希望を公言していたアメリカ人のエリス・ショートにも多きに責任がある。そして、ショートはそのことを認め、先日謝罪もし、善処(“再考(=資金の自己調達)”なのか、良き買い取り先の選択なのかはまだわからない)を確約した。モイーズ解任については一切、ほのめかしすらしていない。ファンの方も、少なくともヴェンゲルに対するアーセナルファンほどには、モイーズ不信をあからさまに叫んではいない。あらゆる事象が「再起」を望み、指示しているのだ。サンダランド降格決定とほぼ時を同じくして、宿敵ニューカッスルがプレミア復帰を確定させた。そのことも「ここでモイーズのクビを叫んでいる場合ではない」前向きな反骨に火をつけた節がある。めげるなモイーズ、そしてサンダランド。今こそ“そのとき”だ。<hr>【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】 1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。 2017.05.03 18:07 Wed
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【東本貢司のFCUK!】4月最終週ミッドウイークの乱

▽三日間で5試合、すべてキックオフからファイナルホイッスルまでみっちり見届けたのは久しぶりのことだ。それだけ、それぞれが重要なカードであり、またそれがゆえに結果のみが“残った”とも言える。無論、この期に及んで“スペクタクルな好ゲーム”を期待する方が欲をかいている。昨シーズンを例にとると、4月最終週のミッドウイーク時点で、各チーム残り3試合。今季はばらつきもあるが平均してその倍を残している。アーセナルにいたっては26日のレスター戦を含んで7試合。そのうえ、FAカップ決勝も控えている。ヴェンゲルの去就、頼みのサンチェス、エジルのはっきりしない行く末も絡んで、息つく暇もない。だからこそ、オウンゴールであれ何であれ、終了間際にもぎ取った虎の子の1点の価値は千金どころではない。ヴェンゲルは言う。「自分(が残るか去るか)のことなど二の次。クラブが残す、手にする結果がすべてだ」・・・・自らへの不満分子をなだめすかす意味もあるとすれば、ファンも目を開かねばならない。何を最優先すべきなのかを。 ▽スパーズことトテナム・ホットスパーは目に見えて強かに成長している。ちょうど1年前の今頃、ウェスト・ブロムの痛恨のドローを強いられ、ミラクル・レスター追撃の芽を摘まれたのみならず、“持病”のごとく最後の追い込みでずるずると星を落として結局3位で終えた二の舞はもうなさそうだ。つい先日、ヤング部門で年間最優秀プレーヤーに選出され、シティーからレアル、バルサまで熱い視線を送るデレ・アリがさほど目立たなくとも、エリクセンやソン・フンミンが十分すぎるほどカバーしてくれる。チェルシーも最後まで気を抜けそうにない。その意味でも、チェルシーやアーセナルに一泡吹かせてきたばかりのクリスタル・パレスに挑んだ一戦は注目の試金石だったが、苦戦しながらも勝ち切ってみせた。アーセナル-レスター戦が総体的に流れの悪い消耗戦だったのに引き換え、同じ最終スコアでも、パレスとの一戦は見応え十分だった。そんなこんなを感じ取ったバルサやレアルが、ポチェッティーノ略奪に色目を使っているとかには笑止千万。いまだに監督が変われば何やらと考える短絡思考にはうんざりする。プレーヤーをもっと信じよだ。 ▽今では忘れている、というよりも、そもそも気が付いていない人も多いようだが、ミラクル・レスターの真の“メンター”は、一昨シーズン終了後になぜか電撃解任されたナイジェル・ピアソンなのだ。そして、クラウディオ・ラニエリの第一の功績は、そのピアソンが築いたベースをほぼ損なうことなく、いや、そのまま継続して“敬意”を示し続けた点にある。しかも、“第三の男”クレイグ・シェイクスピアも、成功に行き着いた色気なのか欲目なのか、ラニエリが少しばかりいじりかけた感のある戦術的変更を、今一度原点(=ピアソン流)に立ち返って再び勝ち運を呼び込んだのである。監督が変わって何かが変わったのではない。プレーヤーたちへの信頼を今一度確かめ、その信頼にプレーヤーたちが迷いを吹っ切ることができたからに相違ない。おそらく、ヴェンゲルはそのことを感知して「プレーヤー・ファースト」にこだわっているのだと考えられる。なにしろ、彼らのほとんどが、自らの目で見極め鍛え上げた秘蔵っ子たちなのだ。カネにあかせて揃えたオレ様たちの寄せ集め軍団ではない。そこに、アントニオ・コンテの皮肉がエコーする。 ▽グアルディオラが「チェルシーだって・・・・」と反論したくなる気持ちもわからないではないが、冷静に振り返ってみればコンテの言い分はほぼ「正当」だと思う。中国マネーに走ったラミレスやオスカーも、ファブレガスも実体はアタッカー志向。回転軸となる不動のアンカーがどうしても欲しかった。そこでカンテを獲った。さらに、テリーの衰えを看て取ってダヴィド・ルイスを“呼び戻した”。意外な掘り出し物の“ディフェンダー”アロンソはそれまでほぼ無名の存在。つまり、カネがかかるかどうかは二の次の“結果論”で、ピンポイントで必要な補強を名前よりも実力本位で施した。イングランド史上最も成功した指導者、サー・アレックス・ファーガソンの手法そのものではないか。何度でも繰り返したくなるが、たとえ大半がアカデミー上がりであろうと、グアルディオラが率いたバルサはその時点で世界的スターがひしめいていた。そこから移ったバイエルンはそれこそ、“強奪”同然に狩り集めた国際的スターの巣窟。シティーはそれ以上にふんだんにカネを使ってきたうえに、出入りも激しい。“戦術”だけで何かを変えるという話は通じそうにない。意地の悪い(?)メディアも早速クサしている。ペジェグリーニは偉大だった、と。 ▽そしてそして、ユナイテッドはまだまだ修復途上。ファン・ハール時代のツケ、というよりもデイヴィッド・モイーズをたった10か月で見限ったツケから、大変な無駄遣いを続けてきて、いまだ先行きは不透明。ラシュフォード、リンガードの登場、成長で“兆し”は見えてきたが、ルーニーの処遇も含めて、少なくともモウリーニョ体制2年目の帰趨を見極めてからでないと何とも言い難い。個人的にはポグバ獲得は余計だったのではないかと思っている。幸い、エレーラが一本立ちした様子で、あとはミヒタリアンとバイリーが定着すれば落ち着いて戦えるベースはできるだろう。ヴァレンシアとフェライニをあえて重用して成果まずまずなのは、さすがはジョゼ君。アシュリー・ヤングを干したままにしない方針も好感が持てる。グリーズマン獲得にあまりこだわらない方がいいかとも思うが、少なくとも大型補強はそこでいったん打ち止めとするのがベター。新顔導入が続くとチームは地に足がつかないのは、十分に懲りたはず。リーグカップ獲得で一応の顔は立った。ヨーロッパリーグ制覇に的を絞ってじっくりと改造を進める。ヴェンゲル式、レスター式、あるいはコンテ流に学ぶべし。願わくば、アカデミーの充実を改めて土台とする再認識を。<hr>【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】 1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。 2017.04.28 12:10 Fri
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【東本貢司のFCUK!】ミラクルの看板、いまだ健在

▽かくてレスターのヨーロピアン・アドヴェンチャーはひとまず終止符が打たれた。とはいえ、天晴の賛辞を贈っても罰は当たるまい。そもそも、ファーストレッグのPK(グリーズマン)は誤審だった。ホームでのリターンマッチでも先制ゴールを奪われ、もはや希望の火もふっつりと消えたも同然の中、逆襲の同点弾をかっさらい、最後の1分まであきらめず攻め続けた。今大会、ホームゲームをただの一度も落とさずに乗り切ってきた事実だけをとっても、ファイナルホイッスル後、キング・パワーの観衆が万雷の拍手と総スタンディングオヴェーションの喝采を贈ったのは当然だった。何よりも、敵将ディエゴ・シメオネが(あの、シメオネが!)、レスターイレヴンの一人ひとりを健闘をたたえる熱っぽいハグで労ったことがすべてを物語っている。おそらく、このアトレティコ以下、レスターと戦ったヨーロッパのチームの全メンバーも同じ思いに違いない。自分たちは確かにイングランドのチャンピオンを相手にした、あのミラクルは決してフロックではなかったと。 ▽以前にも書いた。チャンピオン・レスターが(皮肉なことにラニエリ解任直前まで)すっかり勝てなくなった理由。「ミラクル」の大パレードを席捲させるにまかせてしまったビッグクラブの意地、二匹目のドジョウはさすがに甘くないぞと引き締めた気が落としどころを見つけられないまま道に迷ってしまった自縛の罠、レスターができたのなら我々だってと目の敵にしてかかってきた“同輩”のチームの気迫。それらが混然となって、彼らに立ち直りのきっかけすら許さなかったがため・・・・。言っておくが、今でもラニエリ解任は世紀の大失態だったと断じたい。しかし、何度でも繰り返すが、皮肉にも、その世紀の大失態が「自縛の罠」から抜け出す引き金になった。それも、ある意味ではミラクルだ。つまり、ミラクル・レスターの看板は健在、少々趣を変えて凛として誇り高く掲げられている。ホームのアトレティコ戦の観戦者なら覚えているはずだ。ゴール裏に広げられたどでかいバナーの中で爛々と敵を射すくめるキツネの両眼を。そして、クレイグ・シェイクスピアの「これは手始め、改めての挑戦を目指す。今はまずはプレミア残留確保」の意気を。 ▽なんとなれば「敗れてもなお強し、その誇りは見紛うことなし」以上に、ファンをときめかせるものはない。「勝てばすべて良し」はその場限りの慰撫、感傷でしかなく、気が付けば明日への不安を掻き立てる要因にもなる。例えば「半分以下のパフォーマンス」(アーセン・ヴェンゲル)で、辛うじて降格ゾーンのミドゥルズブラを退けたアーセナルのファンは、まさにそのレスターとのゲームを目前にして今、戦々恐々としているかもしれない。無論、セヴィージャをうっちゃり、アトレティコを苦しめたレスターに完勝でもすれば、トップ4フィニッシュへの首の皮一枚が二枚に格上げされる期待の方を膨らませるべきなのだが、筆者の目にもやはり「不安」の二文字がちらついて消えそうにない。肝心の二枚看板、エジルとサンチェスについてである。直近のボロ戦でも、一つ前の完敗を喫したクリスタル・パレス戦でも、二人に絡む連携がどうもぎこちなく見えて仕方がないからだ。いや、その前の(スコア上は快勝の)ワトフォード戦ですら、スコアラー3名のゴール直後の表情は冴えなかった。それは単にパフォーマンスの内容だけのゆえなのだろうか? ▽彼らの胸の裡にも「不安」の種が芽を吹いているからではないのか、シーズン終了直後からの“見えない将来の闇”にとらわれてはいないか? ならば、不肖の身で恐縮至極ながら、あえて提案しよう。ムッシュー、もとい、ミスター・ヴェンゲル、もはや躊躇うことはない、今こそ契約延長更新に首を縦に振ろうではないか。それで“彼ら”にも一つの踏ん切りがつく。ファンの“もやもや”にもはや“忖度”することはない。たとえ不遜と謗られようが続投を宣言すべきではないのか。仮にその結果、オフに誰彼が移籍を申し入れようがかまわないではないか。それはそれで、大手を振って補強市場に乗り出す正当な口実にもなる。あるいは、むしろヴェンゲルの方から“粛清”を決行したっていい。「粛清」とは“役立たず”を追放することにあらず。クラブのため、当該プレーヤーの将来のための、つまりは前向きな「改善策」としてだ。今一度、自身の原点に立ち返って「改造」に着手する。それに首をかしげるガナーズファンなどいないはず。そう、例えば“心機一転”を画策中のルカクや、それこそ宙に浮いているルーニーに目を向けてもいいではないか。 ▽可能不可能の問題ではない。すでに“できる”ことが証明されているプレーヤーに新たなチャンスを与え、ヴェンゲル・アーセナル流の術を施す。そこで、敢然と「ネオ・インヴィンシブルズの再現」を掲げ、意気に感じる勇者たちを、有名無名を問わず、呼び寄せるのだ。それでこそ不満をかこつファンも目を開く、わくわくする。そのうえで、いくつか具体的な提案をしよう。狙うべきは、まず古巣モナコの人呼んで「アンリの再来」キリアン・ムバッパ。ただし、モナコとの交渉において「一年間の“Uターン”ローン貸出し」を提示して相手にウンと言わせる。その一方で、即戦力として期待したい“隠れた逸材”ワトフォードでプレーするミラン所属のムバイェ・ニアンを獲る。まだ22歳、粗削りだが大化けする可能性を秘めていると見る。ヴェンゲルの薫陶を受けて鍛えられ自信をもてば、ひょっとすればこちらもアンリ並みの戦力にならないとも限らない。もう一人は(エヴァトニアンの端くれとして内心は辛いのだが)エヴァートンのシュネデルラン(現地プレミア解説陣は概ね「シュナイデリン」と発音)。このスタイリッシュで視野の広いフランス人なら必ずや「新・ミスターアーセナル」として攻守の軸となってくれるはず。いかが? 2017.04.20 12:50 Thu
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