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【六川亨の日本サッカー見聞録】ACLで勝負弱いFCソウルに失望2017.03.02 17:50 Thu

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▽AFCチャンピオンズリーグ(ACL)の第2節が2月28日と3月1日に行われ、浦和はFCソウルを5-2で葬って2連勝と首位をキープしたものの、鹿島は後半アディショナルタイムの失点でムアントンに1-2と敗れ2位に後退。そして川崎Fは香港のイースタンSCに1-1のドローで3位、G大阪も済州ユナイテッドに1-4と大敗して3位と明暗を分ける形になった。

▽グループEではダークホースと見られるタイのムアントンだが、代表選手を数多く揃え、ホームでは圧倒的な強さを発揮し首位に躍り出た。鹿島の次の相手はブリスベン・ロアーで、蔚山現代は6-0で勝っているだけに、鹿島としては大量点での勝利が期待される。グループGの川崎Fは、アウェイとはいえ広州恒大が7-0と圧勝したイースタンSCから勝点3を奪えなかったのは痛い。次節はアウェイで首位の広州恒大との対戦だけに、グループステージ突破を左右する一戦になる。そしてグループHのG大阪はホームでまさかの1-4。次節はホームに2連勝中の江蘇蘇寧を迎えるため、首位に一泡吹かせたいところだ。

▽といったところで、2月28日は埼スタでの浦和vsFCソウル戦を取材したが、結果は浦和が5-2で圧勝したものの、これほど“勝負弱い”FCソウルを見たのは初めてだった。予想スタメンのCBキム・ドンウが負傷ためかメンバー外となり、代わりにCBに起用されたのが、FC東京が獲得を狙っていた巧ボランチのスペイン出身のオスマール。しかし彼は、李忠成や興梠が下がってボールを受けるとマン・マークにつかずフリーにしてしまい、簡単にポストプレーを許して攻撃の起点を作らせてしまった。

▽“緩い”のは彼だけではない。FCソウルといえば、チェ・ヨンス前監督の激しい気性を受け継ぎ、ロングボールとフィジカルコンタクトを前面に押し出したタフなスタイルが特徴だった。2月に宮崎で行われたFC東京とのプレマッチでも、あわや乱闘寸前の肉弾戦を展開した。しかし浦和戦では、ボールロスト後の“攻から守”への切り替えが遅いため、李忠成や関根、興梠、武藤に簡単にドリブル突破を許し、カウンターから失点を重ねた。

▽昨年6月から指揮を執るファン・ソンホン監督は、前任のチェ・ヨンス監督同様Jリーグでのプレー経験があり、C大阪時代は得点王にも輝いた。チェ・ヨンス監督が激情派とするなら、ファン・ソンホン監督は知的派のため、チーム作りにも方向転換があったのかもしれない。試合後の会見では「連敗によりグループステージの通過は難しくなったが、来シーズンに向けて2試合を分析したい。リーグ開幕に向けよい準備をしたい」と語っていた。

▽FCソウルはACL初戦で上海上港に0-1で敗れているため、ファン・ソンホン監督は目標を3月4日に開幕するKリーグに切り替えたのか。そのためにデヤン・ダムヤノビッチやマウリーニョといったストライカーをベンチに温存したのか。真相は不明だが、これだけ覇気の感じられない韓国勢を目の当たりにすると、逆に気がかりになってしまう。唯一の救いは、元代表のパク・チュヨンがFKから鮮やかな一撃を決めて健在をアピールしたことだった。

▽浦和の次節の相手は勝点6で並び、得失点差で2位につける上海上港だ。ブラジル代表MFオスカルとFWフッキを擁する難敵だ。3月15日と4月11日に行われる頂上対決が楽しみだが、グループFはこの2強が飛び抜けているため、2試合ともドローに終わる可能性も否定できない。それともペトロヴィッチ監督は、攻撃的なサッカーで勝利を目指すのか。指揮官の采配にも注目が集まる一戦だ。
【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。

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【六川亨の日本サッカー見聞録】Jと提携を結ぶラ・リーガの狙いは…テバス会長が日帰り来日

▽Jリーグは6月22日、スペインプロサッカーリーグ(ラ・リーガ)との戦略的連携協定の締結のため、村井チェアマンと来日中のラ・リーガのテバス会長が調印式を行った。Jリーグはこれまでタイ、ベトナム、ミャンマー、カンボジア、シンガポール、インドネシア、イラン、マレーシア、カタール、オーストラリアと協定を締結しているが、ヨーロッパとは初めてで、11リーグ目の締結となる。 ▽村井チェアマンによると、「世界22のリーグのチェアマン会議で(テバス会長と)知り合った。会議では一番活発な意見を述べていた。テバス会長がリーガの放映権の一括管理を進めた」と紹介し、今後は「オンザピッチではトップチーム間の交流と若手選手の育成、オフザピッチではインテグリティ(差別の撤廃や八百長の撲滅など)とクラブマネジメントを学びたい」とし、7月にはセビージャが来日してC大阪と鹿島と対戦。さらにJ3のクラブがラ・リーガの小さなクラブの運営を視察に訪れることになっている。 ▽一方、今朝来日し、夜には帰国の途につくテバス会長も「Jリーグだけでなく日本から学ぶことになると思う。Jリーグはダ・ゾーンと契約したことに注目している。スペインにとってもそのコラボレーションの将来に注目している。テレビだけでなくインターネットで見られるのは窓を開けたように大きな可能性を秘めている」と、今年スタートしたパフォーム社との契約に興味を示していた。 ▽具体的な活動は今後の話し合いになるが、ラ・リーガはすでに先月、日本に駐在員を配置。日本のマーケットにおいてラ・リーガの認知度を上げるなど、日本におけるラ・リーガのすべての活動をコーディネートする予定でいる。 ▽そんなラ・リーガの狙いを、テバス会長は次のようにストレートに語った。 「イングランドのプレミアリーグのような立場に立ちたい。スポーツ界では(スペインは)世界1だと思うし、(レアルやバルサのような)クラブも世界1だが、産業としてのサッカーはまだプレミアリーグ及ばないと思っている」 ▽タイのタクシン前首相が一時期マンチェスター・シティのオーナーだったように、東南アジアの多くの国々でイングランドのプレミアリーグ人気は高い。当然、ユニフォームを始めとするグッズ類の販売など、アジアのマーケットを拡大するためにも日本と提携を結んだのだろう。彼らが日本を通じて見ているのは、もしかしたら約14億人の人口を誇る中国かもしれない。 ▽なお、Jリーグは17シーズンよりパートナーシップ協定を提携する国の選手は日本人選手と同じ扱いにしているが、戦略的連携協定対象国のオーストラリアとスペインは、これには含まれない。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2017.06.22 22:34 Thu
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【六川亨の日本サッカー見聞録】後半の戦いに可能性の広がったハリル・ジャパン

▽シリア戦にスカッと快勝して国外・国内組のコンディションを上げて、万全の体勢でイラク戦に臨む。そんな思惑を吹き飛ばすシリアの素晴らしい戦いぶりだった。ロシアW杯2次予選で日本は3-0、5-0と快勝したものの、それは2年前の話。当時、ゴールを決めた本田と岡崎もいまは三十路を超えた。日本が衰えたと言うよりも、シリアの実力が上がったと見るべきだろう。 ▽ハリルホジッチ監督は、度重なる視察と要望にもかかわらず、イラク戦の行われるイランのピッチはデコボコの状態と判断し、試合では「ロングボールによる空中戦とこぼれ球を拾う」ことを攻撃の課題に挙げ、守備ではイラクが「ドリブル突破で攻めてくる」と予想し、「ボールを奪える選手、戦いの好きな選手を選んだ」と記者会見で話していた。 ▽そして仮想イラクと選んだシリアは(Aグループ4位で13日にマレーシアで中国戦がある)、前線の3選手(4-3-3)だけでなく、両サイドバックもボールを持ったら強引なまでのドリブル突破を仕掛けてくる、もってこいの相手だった。 ▽特にボールを奪ってからのドリブル突破によるカウンターは迫力満点。前半30分まではシリアのハイペースな攻守に後手に回り、日本はボールを持っても落ち着いてさばくことができず、バタバタした印象しか残らなかった。 ▽ボールを奪いに行ってもデュエルとスピードで負けてドリブル突破を阻止できない。前半16分に左SBアルアジャンがカットインで簡単に酒井宏と吉田をかわしてシュートまで持って行ったシーンには頭を抱えたほどだ。 ▽救いは、やはりアジアレベルなのかシュートの精度を欠いたこと。しかしW杯アジア最終予選7試合で3失点という堅守は健在で、前半は日本にチャンスらしいチャンスを作らせなかった。というのも、日本は前半7分に香川が接触プレーで左肩を負傷し、倉田と交代していたこともあったからだ。 ▽ハリルホジッチ監督は、時として大胆な起用をする。最終予選の初戦で大島をスタメンで起用したり、オーストラリア戦では丸山を左MFで投入したりした。シリア戦でもCBに代表歴2試合の昌子を起用。他に呼んだCBは初招集の三浦しかいないため昌子のスタメンは十分に予想されたが、負傷の香川に代わって倉田という交代策も意外だった。 ▽もしかして指揮官は、特定のプレーメーカーを置かず、どこからでも攻められ、守れるチーム作りを目指しているのかと期待したものの、そう簡単にはいかなかった。日本は前線で大迫が巧みなボールキープから孤軍奮闘し、原口も果敢にドリブル突破からシュートを狙ったものの決定機を作るまでにはいたらない。 ▽日本が攻勢に出られたのは後半開始から久保に代え本田を、そして山口に代え井手口を投入してからだった。本田は、最初は右ワイドな攻撃的なポジションで、今野が浅野と交代してからは右インサイドハーフでプレーしたが、持ち前のキープ力、空中戦など体幹の強さ、そして広い視野は相変わらず健在で、サイドチェンジで乾の持ち味を引き出していた。 ▽そして代表デビューの井手口と、原口と交代で久々の代表復帰となった乾は、この試合における一番の収穫と言っていい。井手口は中盤の底でタメを作ったり、緩急の変化に富んだパスで攻撃にリズムを生み出したりした。 ▽そして乾は、原口のカットインとは対照的に、スペースがないように見えてもタテへの突破でシリアの脅威となっていた。右足首にケガを抱え、出場が危ぶまれた乾がここまでやれたのも意外だったし、活躍を見てしまうと、当然この試合はイラクも視察しているだろうから、秘密兵器として隠しておきたかったという気持ちもある。 ▽ただ、逆にイラクは原口なのか乾なのか、スタメン予想に悩むかもしれない。香川の離脱は痛いものの、井手口の活躍により、井手口をアンカーに置き、今野と山口をその前に配置する守備重視の逆三角形の中盤、もしくは今野と山口のダブルボランチで、その前に井手口を置く三角形の中盤など可能性は広がった。 ▽あとは、テロ事件の起きたイランで無事に試合が開催されることを祈るばかりだ。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2017.06.08 22:32 Thu
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【六川亨の日本サッカー見聞録】レフェリーブリーフィングで教えられたこと

▽毎月恒例のレフェリーブリーフィングが6月1日に開催された。なぜ今月はこんなに早いかというと、5月末から審判交流プログラムとしてポーランドから3人のレフェリーを招いていて、6月4日のキリンチャレンジカップのシリア戦で笛を吹いた後に帰国するため、彼らにレフェリーブリーフィングの様子を見てもらおうという意図からだった。 ▽冒頭に挨拶をした国際主審のダニエル・ステファスキ氏は、5月27日の広島対磐田戦で主審を務めたが、まずEスタのきれいな芝生の状態にビックリ。「ピッチがとても素晴らしい。最初に5メートルくらいのところでピッチを見て、人工芝かと思った。実際にピッチに入って見ても人工芝と思い、人工芝用のシューズに変えようと思ったほどだ」と驚いていた。 ▽日本のサッカーについては、「日本の選手は速くてテクニックが優れている。選手も真面目なため苦労はしなかった」と感想を語り、「松井(磐田)のような動きの速い選手がいると素早く動かないといけないし、予測も大事になる。ポーランドはロングボールが多いのでそこまで動く必要はない。このため集中力が必要になると感じた」と日本とポーランドとの違いを述べていた。 ▽さて、レフェリーブリーフィング恒例のジャッジのテストである。今回は5月末までの1ヶ月J1~J3とルヴァンカップの計81試合から102の事象が取り上げられた。そのうち審判アセッサーが主審のミスジャッジと判断したのが31件、判断確認が困難としたのが10件、審判委員会の見解でミスジャッジと判断したのが35件、判断確認が困難としたのが6件あった。 ▽ミスジャッジでは、横浜FM対甲府戦で、横浜FMのDFミロシュ・デゲネクが甲府のドゥドゥのユニフォームを引っ張って倒し、本来ならPKが与えられるのに、主審の位置からだと2人が重なっているため反則を確認できず、ノーファウルと判定。アシスタントレフェリーなら横から反則が見えていたはずなので、レフェリーにアピールするべきだったとの見解を上川審判アセッサーは述べていた。 ▽興味深いのは、例えば今シーズンの千葉は、自陣でのFKの際はクリアと同時に素早くラインを上げる傾向にある。そのため攻撃側がこぼれ球を再びシュートしたりクロスを入れたりした時はオフサイドになる傾向が高い。しかし、ある試合の映像では3人がオフサイドのように見えたが、スローで再生すると3人ともオンサイドだったことが判明した。ミスジャッジの原因は、千葉の押し上げが速いため、アシスタントレフェリーがそのスピードについて行けなかったからだ。ここらあたりも、予測が必要と上川氏は話していた。 ▽似たようなケースは個人にも当てはまり、5月20日の磐田対柏戦では磐田のGKカミンスキーが1対1の場面で飛び出して相手選手を倒したため、主審は笛を吹いてPKを宣告した。しかし実際はボールにアタックに行き、ドリブラーのボールを手ではじき返している。その後に接触して相手選手が倒れたため、正当なチャージだった。 ▽このシーンではアシスタントレフェリーがレフェリーにアピールしたため、2人で問題のプレーを確認し、主審はミスジャッジを認めてドロップボールで再開した。上川氏いわく、「彼は日本のGKと違って簡単に飛び出さず、ためてから動くことが多い。このため日本のGKなら反則になるプレーも、しっかりとボールにアタックできる」と、先見を持ったジャッジがカミンスキーには当てはまらないことを指摘していた。 ▽最後に、ボールを奪われそうになった選手が足裏で相手の足首を蹴ったシーンがあった。右足のアウトサイドのトラップで目の前の選手をかわしたものの、そのタッチが大きくなって他の選手に詰め寄られ、レッドカードの反則を犯した。そのプレーについて上川氏は「トラップが大きくなったら要注意。レフェリーは緊張して見る必要がある」と解説。なぜならトラップが大きくなれば、相手もボール奪取にアタックしてくる。そしてボール保持者は動きながらのプレーが多いため、必然的に勢いが出るからだ。今まで気づかなかった発想でもあった。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2017.06.01 20:00 Thu
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【六川亨の日本サッカー見聞録】U-20で厳格化したGK6秒ルールが戦術に及ぼす影響

▽韓国で開催されているU―20W杯で、日本は5月24日にウルグアイと対戦。勝てばグループリーグ突破に大きく前進するところだったが、前半38分に先制点を許すと、アディショナルタイムにもカウンターから失点し、0-2で敗れた。負けたこともさることながら、痛いのは前半16分にエースFWの小川(磐田)が、相手のタックルをジャンプしてかわした後の着地の際に、左膝をロックするように降りたこと。小川は自力では歩けず、担架に乗っての退場となった。 ▽問題のシーンを見て、96年アトランタ五輪の合宿中に、FW小倉隆史が右足を傷めたことを思い出した。小倉は右膝後十字靭帯の断裂により五輪出場を断念。その後は復帰したものの、ベストのコンディションに戻ることはなく、代表に復帰することもできなかった。 ▽JFA(日本サッカー協会)からのリリースによると、小川は左膝前十字靭帯の断裂と左半月板の損傷で、今週末にチームを離れて帰国する。内山ジャパンにとって欠くことのできない選手だけに、彼の離脱は痛恨だ。そして小川自身にとっても今シーズンは、ルヴァンカップでハットトリックを決めるなど結果を出してアピールできる好機だっただけに、ケガによる長期離脱は悔やまれる。 ▽第3戦となるイタリア戦は181センチの長身FW田川(鳥栖)にスタメンの機会が回ってくるのか、それとも久保(FC東京U-18)が初スタメンを飾るのか、内山監督の采配が見物だ。勝てばもちろん、引き分けでもラウンド16に進めるチャンスはあるだけに、最後まで諦めずに戦って欲しい。 ▽さて今大会は試験的にビデオ判定が導入されているが、もう一つルールの変更(?)がある。それは時間稼ぎを防ぐため、GKの6秒ルールを厳格化するというものだ。GKはボールを保持してから6秒以内にリリースしないと、攻撃側に間接FKが与えられる。 ▽実際に現地で数試合を取材した印象では、「試合がスピーディーになったな」と感じた。GKがボールを保持してから、フィールドプレーヤーの動き出しが速くなったからで、当然GKも素早くフィードする。そして面白いのは、このルールの厳格化は攻撃にも変化をもたらした点だ。 ▽日本と韓国、それにイタリアとウルグアイは、GKがボールを保持すると、SBは素早く両サイドに開いてパスコースを作ったり、ボランチが降りてきたりしてレシーバーとなる。そのプレー自体は今までと変わらず、スピード感が増しただけだ。 ▽ところが南アやギニアといったアフリカ勢のGKは、ほとんどキックかロングスローによるカウンターを狙っていた。前線には1人か2人を残し、“個の力”を生かしたドリブル突破によるカウンターを徹底していた。 ▽特に顕著だったのが相手CKの時だ。サイドライン際に1人を残す。多くのチームのCBは長身選手が多いため、CKの時はゴール前に上がってくる。サイドに残っているFWをマークするのはSBの選手ということになるが、そうするとフィールド中央部分には広大なスペースができていた。 ▽そしてGKがボールをキャッチすると、素早くキックして前線に残っている選手を走らせるか、こぼれ球を自陣で拾った選手は迷うことなくドリブルで中央突破を試みる。ロングキックでは、ボールロストの危険もあり「一か八か」の選択になるが、“個の力”があるからこそ採用できる攻撃方法だ。ここらあたりがマイボールを大切にする日本や韓国、イタリアとの違いだろう。 ▽かつてFIFAは、1995年にエクアドルで開催されたU-17W杯とスウェーデンでの女子W杯でマルチボールシステムを試験採用した。7個のボールを用意し、ボールがピッチ外に出たらボールパーソン(ボールボーイとは言わない。女子が務めることもあるから)が投げ入れるというシステムだ。これはアクチュアル・プレーイングタイムの増加につながり、Jリーグも96年から採用している。 ▽このマルチボールシステムは時間短縮につながったものの、戦術的な変化をもたらしわ訳ではない。一方、GKの6秒ルールの厳格化は、すでに紹介したように戦術的変化をもたらす可能性を秘めている。果たして来年のロシア杯で本格採用されるのか。もしも採用されるなら、これまで以上にロシアW杯は俊足選手によるカウンターが重要な戦術になってくるかもしれない。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2017.05.25 20:51 Thu
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【六川亨の日本サッカー見聞録】JリーグがタイでのTV放送を開始。成否を握るのは札幌加入のチャナティップか

▽Jリーグは昨18日、タイの大手衛星放送局TRUE VISIONSとJ1、J2、ルヴァンカップのテレビ放映を6月から開始することで合意に達し、バンコクで記者会見を開いた。過去にはJリーグ創設当初、ジーコやリネカー、リトバルスキーら外国人助っ人を補強したおかげで、ブラジルなどでテレビ放映されたこともあった。しかし長くは続かず、Jリーグの商品価値が落ちると海外でのテレビ放映は打ち切られた。 ▽欧州や南米でJリーグの放映権を売るのは至難の業。そこでJリーグはアジア戦略を推進し、これまでにも各クラブはタイやカンボジアなどのクラブとパートナーシップを締結し、サッカー教室などを開催してきた。ただし、それは限定された活動であり、市場を拡大するまでには至らなかった。 ▽転機となったのは今シーズンだ。J3の鹿児島が初めてタイ人選手(シティチョーク・パソ)を獲得。さらに札幌には今夏、タイ代表でもある人気選手のチャナティップ・ソングラシンのレンタル加入も決まっている。彼らがスタメンで活躍できるかどうかは分からないものの、かつてカズがイタリアへ渡り、その後は多くのJリーガーが参戦したことで、日本でも欧州リーグを見たいというファンが増えた。同様のケースを想定してのテレビ放映であり、タイで成功すれば、今後は東南アジア諸国に放映権を販売していくことだろう。 ▽アジア戦略を重視するJリーグにとっては画期的な1歩と言えるが、不安がないわけではない。まずタイは、イングランドのプレミアリーグが一番人気で、目の肥えたファンをJリーグが獲得できるかどうか。そしてチャナティップ・ソングラシンに続くタイ人選手のJリーグ参戦があるのかどうか未定だからだ。 ▽それというのもタイは、UAEなどの中東諸国と同様、国内リーグでかなり高額のサラリーを受け取っている。それと同額のサラリーを払ってまでJクラブが獲得に乗り出す可能性のあるタレントがいるのかどうか。現在、アルビレックス新潟シンガポールのチェアマンをつとめている是永氏は、「東南アジアのリーグでプレーしている選手は、まずタイのクラブに移籍することを目標にします。それはギャラが高額で、スター選手ともなれば衣食住も保証してくれるからです」と話していた。 ▽まずはチャナティップ・ソングラシンが札幌で活躍することが、今回のテレビ放映の成否を握っていると言っていいだろう。そして18日に行われた記者会見には、懐かしい名前もあった。現在、タイサッカー協会の技術委員長を務めているヴィタヤ・ラオハクル氏だ。 ▽同氏は1977-1978年の1シーズンをヤンマー(現C大阪)でプレーした、JSL(日本サッカーリーグ)史上初めてのアジア人の外国籍選手だった。その後は西ドイツのヘルタ・ベルリンへ移籍し、ヨーロッパのクラブでプレーする初めてのタイ人選手となった。晩年は松下電器(現G大阪)でヘッドコーチ兼選手として活躍し、1990年に引退後はタイ代表や鳥取(JFL)の監督などを務めたが、タイでの交通事故により鳥取の監督を辞任しなければならなかった。 ▽日本とタイの橋渡しのパイオニアとなったヴィタヤ氏が健在なことも、今回のテレビ放映権の締結と無関係ではないような気がしてならない。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2017.05.19 12:00 Fri
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