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【東本貢司のFCUK!】ただ事ではない「ポピー論争」2016.11.03 12:30 Thu

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▽もし、フレンドリーであれ何であれ「8月15日」に行われることになった日本代表の国際試合において、サムライジャパンの面々が「喪章」を腕に巻いてピッチに出たとしたら、それは何等かの「政治的」なメッセージとして受け取られるのだろうか。筆者の知る限り、過去にそんな議論が俎上に上げられたこともなければ、そもそもそのような発想すら(特にJFAに)芽吹いたこともないはずだが、この際、是非「同案を考慮することになった」として考えてみてほしい。繰り返す。そこに「政治的」な意味合いが込められていることになるのかどうか。対戦する相手が韓国や中国なら、やはり抗議の波風が立つ可能性がないとはいえない。それを煩わしいとして、わざわざ“彼ら”の神経を逆なでする種を蒔くことはない、という考え方もあるだろう。いや、多分日本のファン、というより日本人全員が「?」をつけるに違いない。「そうすることに果たして何の意味があるのか」と。

▽さて、プレミアファンの皆さんは気が付かれていただろうか。毎年11月の上旬、正確には「11日」前後の公式戦の際、主に各クラブの監督連がこぞって、何やら赤いバッジにようなものを胸につけていることを。日本人の感覚からすれば「赤い羽根」の英国版、つまり何等かのチャリティー活動に由来するもの・・・・ではない。11月11日のアーミスティス・デイ(リメンバランス・デイともいう)にちなんだシンボルで、ポピーの花びらを象ったものだ。では「アーミスティス・デイ」とは何か。察しの良い方はもうおわかりかもしれないが、すなわち、第一次(第二次ではない)世界大戦が事実上終結した日―――。特に英国(イングランド、スコットランド、ウェールズ)では、「お国のために戦争で犠牲になった人々を思い出す」日として、いわば、我々日本人が「お盆」としてごく自然に「(先祖の)墓参り」をするように、いや、それ以上の重みを感じながら「忘れない」ことを確かめ合う日、というべきものなのである。政府閣僚の靖国参拝とはまるで意味合いが違う。

▽折しも、来る11月11日、ウェンブリーにてイングランド-スコットランド戦が行われるが、これがFIFA主催の2018W杯予選であることから、両国FAは事前にFIFAに断りを入れた。両軍プレーヤー全員が腕に「ポピーに造花をあしらった黒い喪章」を巻いて戦いに臨む、と。ところが、世界統括機構の返答は「まかりならん」。その理由は、FIFA理事会(Ifab)が法規に定めた通り、「政治的、宗教的、もしくは個人的スローガン、声明、メッセージ、イメージに由来するいかなるものも身に着けてはならない」からであり、このケースでは「政治的」に該当するからである、と。しかし、すでに触れたように、これは英国民の“ソウルイベント”に当たるもので、イングランドとスコットランドの協会側は「政治的な意味合いは毛頭ない」とし、さらに全英国民および該当代表プレーヤー全員がこれを望んでいるとして、強硬に撤回を求め、一歩も引かない構えなのである。英国の新聞もこぞってこの問題を大々的に取り上げ、私事ながら、筆者の旧友(ごく普通の主婦も含む)、FIFAの“わからずやぶり”に困り果てて怒りの声を上げているほどに。

▽おそらくは、「例外」を認めてしまうとキリがない、というFIFAの思惑があるのだろうが、実はすでに彼らは「例外」を認めてしまった前科がある。今年3月、スイス代表を迎えたフレンドリーにおいて、アイルランド代表プレーヤーは「イースター・ライジング」100周年を記念した“政治的シンボル”を身に着けてプレーし、FIFAはこれを黙認しているのだ。「イースター・ラインジング」とは1916年4月下旬、英国軍がアイルランドに侵攻して同反乱軍を制圧、わずか5日間で5百人近くの犠牲者を出した、まさに「政治的」騒乱事件のこと。これが容認されてアーミスティス・デイがいけないとすれば、明らかなダブルスタンダードと言われても仕方がない。それでもFIFAは、もし強行すれば「ポイント剥奪」の罰則も辞さないと“脅し”をかけているといわれるが、イングランドおよびスコットランドの協会側も「たとえ罰則がどうのと言われようが、我々は役員からプレーヤーまでもれなく全員、ウェンブリーでポピーをつける」と、まさに全面対決。

▽公平に見て、このせめぎあいはFIFAに分が悪い。イースター・ライジングの一件もそうだが、例えばイスラム教徒のプレーヤーが「安息日」にプレーを拒否することだって、「宗教的」に違反することになるからだ。この木曜日、ifabは改めて審議の場を設け、そこにはイングランド、スコットランド各協会の代表者(チェアマン)も出席して撤回要求を正式にする手はずになっている。まさかとは思うが、そこでよもや決裂という事態になれば、2006年と2016年の二度にわたって“裏切られた”遺恨を引きずるイングランドが、盟友(スコットランド、ウェールズ)と組んで思い切った行動に出る可能性なきにしもあらず。そんなバカな、と鼻で笑う方がもし居るとしたら、それは英国民にとってのアーミスティス・デイがどれほどの重みをもつかに思い至らないからだろう。とりわけ、一向に国家財政の健全化が立ち行かず、重大な復興問題を抱えているにもかかわらず、莫大な費用がかかるイベントを無理やり推し進めようとしている、どこかの国の権力者たちには。

【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】 1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。

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【東本貢司のFCUK!】プロアスリートの熱き友情

▽済州-浦和戦終了直後の“事件”がまだ尾を引いている。ただ、奇跡的という飾り文句がつく逆転劇といえばあのバルセロナ-パリSG戦がまだ記憶に新しいところだが、そこで何等かの“穏やかならざる醜態”が演じられたわけでもない。それよりも“数字的に見劣りする”このゲームの結末に際して、予期せぬ異常なヒートアップと激高した暴力が噴出してしまった裏には、やはり歴史的な“民族敵対”の意識がなかったとはいえまい。似たような感情の迸りは、ロイ・キーンが現役時代のマン・ユナイテッドとアーセナルの間にもあったが、こちらはもちろん民族云々とは別次元の話である。そもそも、当事者のプレーヤー同士が我を忘れたように試合直後に怒りと悔しさをぶつけ合うことなど、言われるほど多くはない。ラグビーでいう「ノーサイド」の精神はフットボールとて本質的に違いはない。特に同じスポーツのピッチにおいて切磋琢磨する個人間の敬意、友情、仲間意識は、敵味方を問わず強く深い。それが嘘偽りのない(特に)プロアスリートの真実である。 ▽例えば、ジョーイ・バートン。これまで数々の“悪名”を轟かせてきたイングランド有数の悪童だが、実はプレーヤー仲間の世界では意外なほど人望があるらしい。最近のエピソードで印象深いのは、後輩のロス・バークリーに対するいかにもプロらしい思いやりと接し方だ。ひょっとしてご存知ない方もいるだろうか、あるリヴァプールのベテランジャーナリストが唐突にバークリーの血筋に絡んで悪質な人種差別的揶揄記事を書いた事件。父型の祖父がナイジェリア人だというだけで、この記者はバークリーを「ゴリラ」と同類に扱い、プレーヤーとしても下劣だと言わんばかりにこきおろしたのだ。無論のこと、多方面から批判が相次ぎ、しばらくして当のジャーナリストは所属メディアから解雇された。バートンも口汚く罵りの言葉をツイッターにアップしたが、そこから先が一味違う。奇しくもそれからまもなく巡ってきたエヴァートン-バーンリー戦で、バートンはバークリーの厳しいマンマークに徹し、反発の闘志を掻き立てさせるかのごとく、プロとしての“激励”を施したのである。筆者はそれを見て本心で感動した。おそらくはバークリー本人も。 ▽実に残念なことに、このことに気づいて指摘した記事は筆者の知る限りどこにもなかった。なぜだろうか。おそらくは、バークリーが被った謂れのない侮辱を蒸し返すこともない、と自粛したのかもしれない。そして、バートンのプレーもポジション柄、珍しくもないとスルーした・・・・。だが筆者の感触は少々違う。つまり、ジョーイ・バートンという人格を多くの人がまだ(ジャーナリズム界を含めて)誤解したままなのではないか、と。平たく言えば、バートンは“嫌われ者”で彼を美化したような記事やコメントをものするのに、多くの人々がためらいを感じている・・・・。以前にも別の機会に触れたことだが、バートンは知られざる努力家であり、その範囲は実際のプレーやスキルに限られていない。数年前のオフには大学の講義を受講したりしながら、フットボール理論の研究に努め、同時にコーチングライセンス取得の勉強も始めている。あの面構えで類を見ないインテリ志向なのだ。このような範疇の出来事について、かの国ではその途上でむやみに持ち上げたりしない。“成果”もしくはその現実的兆候を確認してから評価の素材として取り上げる。もちろんジョーイ・バートンという男の性格もあろう。が、筆者は期待していいと思っている。 ▽どんな世界、業界でもそうだが、人間関係において「性格」が及ぼす効果は非常に大きい。端的に言えば「とにかく気に入らない、虫の好かないヤツ」は、どんなに成果を上げ、他人のために尽くしても、評価される度合いが、あるいは“スピード”が落ちてしまう。もちろん、そうなってしまうのは不幸なことであり、我々もそうあってはならないと肝に銘じるべきだ。逆に、俗にいう「気のいいヤツ」はそれだけでぐんと得をする。性別を問わず「愛される人格」とは、一緒にいるだけで和み、前向きにさせてくれる。先日、中国スーパーリーグ2部のクラブに所属する、元ニューカッスルなどでプレーしたコートジヴォワール代表、シャイク・ティオテが練習中に昏倒して急死した。この世界でごくまれに起きる予期せぬ不幸だったが、その死は想像を絶するレベルで悲しみの輪を広げた。その理由は、ティオテがまれにみる「いいヤツ」だったからである。事実、数多の同輩、特に彼と一度でも“同じ釜の飯を食った”経験のある元同僚から発せられた悲嘆と追悼と言葉は、若くして逝った者に対して通常捧げられる“決まり文句”にはない、真実の響きを感じる。 ▽ベルギー、アンデルレヒトでチームメイトだったヴァンサン・コンパニー(マン・シティー)は「これまで出会った中で最高に気立てが良く、最高にタフな友人を失ってしまった」と天を仰ぎ、ニューカッスルで肩を並べてプレーしたパピス・シセは「おやすみ、兄弟。もう会えないなんて信じられない」と言葉を失った。他にも、現レスターのダニー・シンプソン:「本当に辛い。君と知り合えたことを神に感謝する」、現ニューカッスル監督のラファ・ベニテス:「本物のプロにして常に全力を惜しまなかった以上に、人としてすばらしい男だった」、オランダのトゥウェンテでティオテを擁して史上初のリーグ優勝を遂げたスティーヴ・マクラーレン:「シェイク・ティオテの笑顔は、フットボール界一すばらしかった」、同チームメイトだったシエム・デ・ヨンク:「ドレッシングルームで彼と一緒にいるだけで楽しい気分になれた。友よ、安らかに眠れ」と、枚挙の暇もない。もちろん中国のチームメイトも彼の大ファンだったとか。すでに近く彼の追悼試合が行われることも決まっている。史上有数の「いいヤツ」の魂に捧げんために。ただ、よりによってそんな「いいヤツ」が早逝してしまう、残酷な理不尽さも恨めしく思わずにはいられない。<hr>【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】 1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。 2017.06.16 13:16 Fri
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【東本貢司のFCUK!】ヤングライオンズ2017年夏の乱

▽韓国で行われているU20ワールドカップにて、イングランドは同大会史上初めて決勝に進出した。昨夜の準決勝でイタリアを下した戦いぶりには、少なからず近い将来をまぶしく照らす手応えと興奮がにじみ出ていたようで、ギャリー・リネカー、フィリップ・ネヴィルらから届いた賞賛のコメントも、いつになく“簡潔で控え目”な、どこか込み上げてくる喜びをあえてぐっと抑えつけているような響きを感じてしまう。まだ「新たな黄金世代」と持ち上げるのは気が早すぎるとしても、きっと単なる快勝で終わらない底深い印象をもたらしたからだろう。チームメンバーの現所属をざっと眺めて目立つのは、エヴァートン、チェルシー、ニューカッスル、リヴァプール。クーマンの積極的な若手起用が進むエヴァートンや、晴れて復活昇格を果たしたニューカッスルの来シーズン、彼らがプレミアで躍動する機会もそこそこ期待できそうだが、大物感で突出して一気のブレークにありそうなのは大会直前にチェルシーからリヴァプールへの移籍が内定したドミニク・ソランキーだ。 ▽「ソランキー」と書いたがこれは英語読み。フルネームはドミニク・アヨデレ・「ソランケ」=ミッチェル、身長185センチのFW。チェルシー監督時代に彼を見止めたジョゼ・モウリーニョは「ドミニクは間違いなく将来のイングランド代表、それもエースに育つめったにない逸材」と褒めちぎっていたらしい。そんなホープをチェルシーが手放してしまったのは、アントニオ・コンテにそこまで見極める余裕がなかったからなのか・・・・。また、モウリーニョはモウリーニョで、この突然のリヴァプール移籍に舌打ちしている? そして、ユルゲン・クロップの、イングランドにおけるリクルートネットワークは想像を越えて目敏いのかも・・・・。いやいや、まだ煽り立てるのはそれこそ気が早い。当面はクロップの腹一つ、エヴァートンのトム・デイヴィーズばりに使われてこそである。とはいえ、このU20W杯がソランキーの株を上げたのは紛れもない事実で、準々決勝では貴重なアシスト、イタリア戦では面目躍如の2ゴール(同点弾と勝ち越し)、存在感は他を圧している。俊足でスキルも柔軟、左右ウイング、トップ下もできるモダンアタッカーの資質も十分だ。 ▽ソランキーの話ばかりでは礼を失するというもの。せめてあと二人くらいは持ち上げておこう。まずはアデモラ・ルックマン。チャールトンのアカデミー出身。すでに先シーズン、エヴァートンのファーストチーム入りして数試合出場を経験している。デビュー戦、マン・シティーを4-0で粉砕したメモリアルゲームで4点目を決めたのはまだ記憶に新しい。もう一人のリヴァプール所属シェイ・オジョは、ミルトン・キーンズ・ドンズのアカデミーを経て2011年11月11日(!)、チェルシーを含む有力クラブ入り乱れての争奪戦を制したリヴァプールの一員となり、昨年3月にプレミアデビューを果たしている。順調に運べば、いつの日かこの19歳トリオが居並ぶスリーライオンズの前線は、ちょっとした見ものとして衆目を集めるに違いない。U20チームの監督、ポール・シンプソン(マン・シティー、ダービーなどでウインガー)は「あいつらが(今大会の)優勝トロフィーを掲げる様子が今から目に浮かぶよう。それだけの実力とオーラがある」とやや浮かれすぎ気味に「これほどの素材が揃ったのはかつて記憶にない。とんでもなく楽しみだ」と手放しだ。 ▽実はこれに先立って、現在開催中のトゥーロン・トーナメントでも、イングランドは首尾よく決勝にコマを進めている。明日10日に対決するのは準決勝でチェコを退けたアフリカの雄、アイヴォリーコースト。ヤングライオンズのエースはレスター所属のハーヴィー・バーンズで、同僚のジョージ・ハーストと仲良くここまで4得点をマーク。この二人も今後、要注目だ。ちなみに、日本も参加していて同じグループAに入り、キューバ、アンゴラと引き分け、イングランドに1-2で敗れた。また、“開催国”のフランスはアイヴォリーコーストと同じグループBで3位敗退、もう一つのグループCではブラジルがスコットランドに敗れ、そのスコットランドをイングランドが準決勝で下している。各国の詳しい状況がもう一つ定かでないため、実力および将来性などを測るわけにはいかないが、現21歳以下レベルでの戦力層と勝負強さにおいて、ヤングライオンズは少なくとも世界トップクラスにあると言えるだろう。そこからどれだけ“成長”が望めるのか楽しみにしたい。 ▽なお、最新のニューズによると、マン・ユナイテッドがズラタン・イブラヒモヴィッチとの契約更新を見送る公算大とか。こうなるといよいよ、レアルのアラヴァロ・モラタ獲得へまっしぐら? また、レスターではクレイグ・シェイクスピアの正式監督就任が発表された。マーレズ(アーセナル?)に続いてヴァーディー(エヴァートン?)の退団も噂されているが、チルウェルや上記のバーンズを中心にあえて若手主軸に切り替えていくのか、それとも、あっと驚く大物リクルートに乗り出すか(チャンピオンズ参入で資金の方はそこそこ“がんばれる”)。意外に、オフの台風の目の役割はレスター辺りが演じることになるのかもしれない。あとはムバッパとラカゼットの仏大物ストライカーコンビ、その行方、はたまたルカクはやはりチェルシー入りなのか、バークリーはどうする、そしてルーニーの去就・・・・気になること満載の2017年夏の乱。うまく収まればいいのだが・・・・。<hr>【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】 1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。 2017.06.09 11:40 Fri
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【東本貢司のFCUK!】ヴェンゲル:Time For Change

▽彼ははっきりと岐路に立っている。ウェイン・ルーニーはジョゼ・モウリーニョととっくり話し合う必要がある。それもできるだけ早く。このまま出番の増える見込みがなかろうと「ユナイテッドのルーニー」でキャリアを終えるのか、それとも改めてレギュラーポジションを争える新天地でもう一花咲かせるか―――腹を決めるために。サウスゲイト・イングランド代表監督は事実上、後者を明瞭に推奨している。その場合、自ら示唆した「他に選択肢はあり得ない」候補地、エヴァートンのクーマン監督は、早くから歓迎の意を表している。シーズン最終戦、ユナイテッドのキャプテンマークをつけて先発したルーニーに全盛期の面影などなく、動きに精彩を欠き、それどころかキック一つにももどかしいほど力強さが感じられなかった。ゲーム終了間近、16歳の超新星アンヘル・ゴメスと交代した瞬間は、切ないほど映画のワンシーンさながらに目に焼き付いた。筆者はそれをモウリーニョの大いなる親心、メッセージと受け取ったのだが・・・・「さあどうする、残りたいのならそれでいい。あるいはこれを引き時のサインと受け止めるどうかはすべて君次第だ」 ▽もう一つの重大な「to be or not to be」は、筆者の予想通りに一昨日30日、決着した。アーセン・ヴェンゲル、アーセナル監督として続投の契約更新。「2年」は諸々の状況を考えて妥当な線だろう(正式発表は昨日)。ただ、この件については一言申し添えておきたい。なにゆえ、ヴェンゲルは自らの去就問題をシーズン最終戦(FAカップ決勝)後まで引き延ばしたのか。自身、その「不確かさ」がチームパフォーマンスにも影響してきたと認めながらもである。対チェルシー・FAカップ決勝の前日、彼はいささか唐突に不快感を口にした。「礼を失してはいないか」。もちろん、それが直接向かう先はこの数か月間“WEXIT”(英国のEU脱退:BREXITにちなんだ「ヴェンゲルの退場」)を盛んにアジテートしてきた一部サポーターたちだったろう。悲しかった。“彼ら”は何もわかってくれていなかった、アーセン・ヴェンゲルという指導者がそれまでのアーセナルをいかに変え、ひいては、いかにイングランドのフットボール全体に“革命”をもたらしたかについて。ヴェンゲルは今一度“彼ら”にそれを思い起こしてほしかったに違いない。 ▽「革命」とは何か。こう問われてすぐに思い当たる人は相当のプレミア通・・・・というよりも、ヴェンゲル到来以前から少なくとも今世紀に入って数年を経るまで“観続けて”きた人でなければ、明確に答えを導き出せないかもしれない。今回はあえて「じっくり考えていただくため」に答えを差し控えよう。ヒントをいくつか。当初よく言われてきた「フィットネス強化のための新機軸、特に食餌法」などではない。それならすでにアリーゴ・サッキらを中心にセリエAで実践されてきた、すなわちヴェンゲル・オリジナルでも何でもないからだ。決め手となるヒントは、ちょうどあの「インヴィンシブルズ(シーズン無敗優勝を達成したチーム)」の直前に、ハイベリー(当時のアーセナル本拠地)にやってきたプレーヤーたちにある。彼らがそれまでどんなプレーヤーだったか、ヴェンゲルが彼らに期待して誘導していったか。その具体的手法と、それがもたらした果実、言い換えれば戦術上の新コンセプト。いかが? 戦術論がメシよりも好きな(?)方々ならわからないはずはないのだが・・・・それとも今や事実上当たり前になってしまって気が付かないかも? ▽さて、もしもアーセナルがFAカップ決勝で“失敗”していたら、アーセン・ヴェンゲルの契約更新はなかったかもという疑問も、まだ少しは引っかかっているかもしれない。筆者はそもそも、少なくともアーセナル内部に限ればその懸念などなかったと信じているが、「Time For Change(この際心機一転)」に傾いていた一部(主にサポーターの)セクションでなら多分に現実的な展望だったはず。実は、晴れてFAカップを手にした今でさえ、「大変なのはこれから。2年の猶予が短縮されてしかるべき可能性は十分にある」との冷めた声は燻っている。サポーターではないがその代表格となる不安と提言をものしているのが、ギャリー・リネカーその人だ。「アーセナルははるかに後手に回っている。ヴェンゲルの方針が今後も続くようなら、いつまで経ってもチェルシーやシティー、ユナイテッドらに追いつけないだろう」要するに補強戦略が“甘い”と言いたいのだろう。チェルシーらに匹敵する散財をして世界的スーパースター級を狩り集めるのでなければ、現状維持が精いっぱいだというのだ。現状では哀しいかな正論かもしれない。しかし、筆者にはどうしてもそこに根源的な違和感を覚えてしまう。おそらくはヴェンゲルも同じだろう。 ▽アーセナルの現筆頭株主、アメリカンスポーツの大君のひとり、スタン・クローンキーは、一途なほどヴェンゲルの手腕に最大級の賛辞を絶やすことはない。一時“業を煮やしかけた”ナンバー2株主、ウズベキスタン出身のアライシャー・ユスマノフも、ヴェンゲルに対する信頼度はクローンキーに負けず劣らず、全面的支援を改めて約束している。いざとなれば“そこそこのカネ”は引き出せる態勢にはあるということだ。だが、肝心のヴェンゲル自身がどれをどこまで受け容れて“活用”するかとなると・・・・あるいはそこのところで「Time For Change」の合言葉が働くのか。だとしたら・・・・? インヴィンシブルの元メンバー、マーティン・キーオンは、現二大エースのアレクシス・サンチェスとメスート・エジルを「甘やかされている」と断じ、この際“売却”してより将来的にヴェンゲル・アーセナルを支えるに足る若い逸材を、と提唱している。例えば、リヨンのアレクサンドル・ラカゼット、そしてモナコのワンダーボーイ“アンリの再来”キリアン・ムバッパ。それでFFP問題(収支の黒字化)も対処できる。あくまでも「例えば」だが、いずれにせよ、このオフ、アーセナル周辺は忙しくなること必至だ。ちなみに現在、移籍志願を表明したレスターのマーレズの名が早速俎上に上がっている。ヴェンゲルが腹をくくって主導実践する(かもしれない) Time For Change。楽しみではあるが、さて鬼が出るか蛇が出るか。<hr>【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】 1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。 2017.06.01 12:30 Thu
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【東本貢司のFCUK!】多すぎるイベントが孕む不安

▽渡航の予定はない。それでも思わず背筋に冷たいものが走った。実にいたましく、かつ悩ましいことである。このタイミングで発生したマンチェスターのテロ事件。ターミナルのヴィクトリア駅前にある「マンチェスター・アリーナ」は、音楽コンサートだけでなく、テニスなどのスポーツイベントも催される屋内多目的施設だ。ISがバックにいようが何だろうが、何か荒っぽい“リハーサル”もあるいは“警告”の臭いもする。すぐにウェンブリーでFAカップ決勝が行われるし、チャンピオンズ決勝はカーディフのミレニアムが舞台だ。と思わせておいてヨーロッパリーグ決勝の地、ストックホルムを標的にする可能性もある。たった一人の自爆でも、イベント終了後に観客がどっとあふれる場外を狙われてはたまらない。多数の死者を出したテロ事件発生の報を受けて即、ウェンブリーのセキュリティー強化を打ち出したのは当然。あの、パリ同時多発テロ、サン・ドニ事件を思い出す。ドルトムント一行のバスに災禍を見舞った“模倣犯”の心配もしなければならない。 ▽そんな中、アーセナルとマンチェスター・ユナイテッドはシーズンを締めくくる“重要きわまりないラストマッチ”に臨む。両者はともに“すでに”ヨーロッパリーグ出場権を確保している。FAカップのアーセナルは勝っても負けても“収穫”に変化が生じない。だが、悩ましいのはアーセン・ヴェンゲルの、あたかもタイトルを獲れなければ身を引くと言わんばかりの宣言、「カップファイナル後に“結論”を出す」。そして「たとえ(アヤックスに)敗れても失敗のシーズンだったとは思わない」という、ジョゼ・モウリーニョの“自己評価”。ユナイテッドの勝ち負けには、この世界では“天地”の違いほどに相当する“十字架”がかかっているとはいえ、両者がともに失意を引きずる羽目になった場合、来シーズンに向けての展望、強化に甚大な影響を及ぼすのは、ほぼ衆目の一致するところだからだ。だからこそ、もし、ゲームに、プレーに集中できなくなるかもしれない脅威が漂っているこの状況が実に悩ましい。逆に“言い訳”の端くれにはなる? 冗談じゃない。すでにアンダーエイジの大会も始まっている。“標的”の行く先は予測すらつかないのだ。 ▽不安ばかりにとらわれていても仕方がない。冷静に状況を“斟酌(「忖度」じゃない!)”する立場を再確認しよう。アーセナルとユナイテッドはともに「勝つ」。希望的観測ではない。かかっているものの重みが違うからだ。ユナイテッドのクラブ・シーズン最優秀プレーヤーに選ばれたばかりのアンデル・エレーラは言う。「勝ってこそだ。それで我々は前を向ける。もしそうならなかったら、なんて考える余裕はあり得ない」。それはチームメイトの誰しもが同じ思いだろう。負傷中のイブラヒモヴィッチも何くれとチームの意識向上に余念がないという。チャンピオンズ“復帰”が叶わなくなった場合、ハメス・ロドリゲスやアントワン・グリーズマンが来てくれないかもしれない、などという心配など、ただ周辺が騒いでいるだけにすぎない。いい加減にしろ、である。あえて言うならば、ジョゼのためですらない、ジョシュ・ハロップ、アンヘル・ゴメスら次代のホープのために、彼らは「勝つ」のである。新星たちの出番はまずありえない。しかし、たとえストックホルムに帯同せずとも、ハートとスピリットはともにある。それがチームというものなのだ。 ▽アーセナルについても、傍であれこれ言うほど“心配”はしていない。彼らはヴェンゲルのためにではなく、クラブの明日のために「勝つ」。仮にも、サンチェスの、エジルの心に何等かの躊躇、「もし」の腹積もりがあるのだとしたら、すでに彼らはガナーズの一員でも何でもなくなっている。そもそも、プロではない。コシェルニーの出場不能もむしろ団結と必勝の気概の掛け替えのない力になる。例えば、リーグ最終戦、退団するジョン・テリーの「26分の交代」が、賭け絡みの“出来レース”ではなかったかという“冷やかし”など、間違っても真に受けてはならない。せいぜい、ブリティッシュ流ジョークで笑って済ませればいい。「言霊」とか「事前の禁句」というものは、日本人以外には一切通用しない。あえて今回はエモーショナルな物言いをしているが、それはとりもなおさず、このスポーツが「個(の力)」で成り立っているのではない、ということを再確認してもらいたいからだ。誰が抜けて誰が入ってこようと、些末な問題でしかない。どうか、ファンを自負する皆さんには、知ったかぶりの他人事めいた評論に惑わされないでいただきたい。 ▽しかし、それにしても気が付くと、フットボールイベントがやたらと多すぎはしないだろうか。プレーヤーたちにしてもそうだが、ファン(観客/観覧者)にしたところでほとんど目が移り、それこそ目が回る。派生する問題も少なくないIT業界に比べて、世界に冠たる優良で商業的うまみも大きい業界だからこそ、統括/運営母体はもう少し冷静に足元を見直してもらいたいと思うのだが・・・・。独り勝ちになってしまわない配慮を、必要以上にでも“斟酌”していってもらえないのかと危惧するのは筆者だけなのだろうか。グローバル・テロリズムの標的になりやすい状況について、今こそ立ち止まって見つめ直すべきではないのか。ならば、例えば、W杯、ユーロ、ヨーロッパ交流リーグなどの国際大会の拡大ではなく「縮小」こそ、その確たるメッセージになりえないだろうか。まるでゲーム感覚さながらに、戦術やスキルや移籍金の額やクラブの資産価値やらを語る風潮が、実は最近とみに鬱陶しくなってきてはいないか。マンチェスター・アリーナの悲惨で許しがたい事件を耳にした今、そのことに改めて強い疑問が湧き上がる思いである。是非に善処を。<hr>【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】 1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。 2017.05.24 12:05 Wed
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【東本貢司のFCUK!】ロマンティストとリアリスト

▽「freak」。「気まぐれ」もしくは「気まぐれな行為、いたずら」を意味する英語。文脈によっては「風向きが変わること」を指すこともある。13日土曜日のマンチェスター・シティー-レスター戦で見た「マーレズのPK失敗」は、まさに「運命のいたずら」と解され、それより前の「オフサイド疑惑」(シティー、シルヴァの先制ゴールが決まった際、オフサイドポジションにいたスターリングがそのシュートに触れようとしたかに見えた一件)ともども、ゲームの「風向き」を大いに左右しかねない「フリーク」な事件だった。あるいは2点のビハインドからストークがもぎ取った追撃のゴールの際、クラウチの頭よりも先に手に当たったように見える誤審疑惑もその一つに数えていいかもしれない。もっとも、こちらは幸いにもゲームの帰趨にさほどの影響は与えなくて済んだようだ。しかし、何よりも「フリーク」な印象を禁じ得ないのは、ついにプレミアのタイトル奪回に成功したチェルシーの新・名物マネージャー、アントニオ・コンテの人となりではなかろうか。 ▽コンテの就任が公表されたとき、その火傷をしそうな熱血キャラと当時まだ燻っていた不祥事疑惑から、本コラムでコンテを「劇薬」と形容したことを覚えておられるだろうか。決め手となったのは、アンドレア・ピルロの“証言”「あの人といると気の休まる暇がまったくない」だったのだが、此度首尾よくデビューシーズン優勝を果たした直後から、コンテの意外な「気配りの才」が現地メディアで語られ始めたのには、正直“目からウロコが落ち”、なるほどと膝を打ったものである。背景を振り返ればその“劇的効果”がものの見事に「良薬」として機能したことに思い当たる。帰ってきた英雄「スペシャル・ワン」によってもたらされたタイトル奪還と、その後にやってきた思わぬ転落ーーーすべてはジョゼ・モウリーニョという、唯我独尊を絵にかいたような究極のリアリストが招いた天国と地獄・・・・スタンフォード・ブリッジに忍び込んだような失意と割り切れなさの“ウィルス”は、傍から見ても駆除するのにしばらく苦労するのではと思わせたものだった。つまり、コンテは格好のクリーニングアプリだったのだ。呆れるほどのきめ細やかさでもって。 ▽彼はオフの間から(すなわち、イタリア代表監督としてユーロに参戦する合間を縫って)、チェルシーの隅々に至るまで、気配りと人心掌握と“ローラー作戦”を実行していたという。コブハムのトレーニング施設を足しげく訪ね、その責任者、スタッフと濃密な会話を重ねる一方で、オーナーとも影のように付き添って“クリーニング作戦”の種を掘り起こし、慎重かつ丁寧にそれを蒔いて芽が吹くお膳立てを施した。プレーヤー個々との聞き取り、話し合い、アドバイスのやりとりを通して、現状の理解および必要な手立てを模索し、話の分かる兄貴分としての自身を売り込んだ。あの、サイドラインで演じてみせる度肝を抜くような熱血アクション、記者会見間場で記者用に用意されたケーキを“つまみ食い”してみせる茶目っ気、質問に答える際の噛みしめるようなトーンと冷めた鋭い目つき・・・・それらすべてが、“演技”ではない、アントニオ・コンテの素のままの発露だったとすれば、モウリーニョ・ショックで白けかけていたムードを払拭する何よりのカンフル剤だったと、今では思えてくる。ならばあえてこう称したくなる。「稀有なるロマンティスト」 ▽あくまでも対比だ。“脱・リアリスト”に対するロマンティスト。切り替えも潔く迅速だった。アーセナルに3-0で敗れて8位まで転落、首位マンチェスター・シティーに大きくみずをあけられたとき、コンテはやおら3バックを敷いて目先を変えた。それも、奇策でも何でもなく、必然の“二の矢”のごとく。戦術論偏向者にはいろいろと語る種になったようだが、ユヴェントス時代からコンテを観察し続けてきた某識者によると、コンテには戦術志向が薄いという。臨機応変、直感で迷わず善後策の手を打つ、いわば「フリーク」志向の気が強いという。そして、それがチェルシーの現メンバーにぴたりフィットして機能した。モーゼズを再生させ、アスピリクエタの新境地を開き、ケイヒルをキャプテンに据えて新しい“芯”を築き、問題児のコスタを巧みに手なずけた。ときにはピエロのようにふるまいつつ、沈着で冷徹な本質を垣間見せ、夢と現実を巧妙に融合させた。そんな意味での「ロマンティスト」、絵空事や独善ではない「ロマン」の提唱者を、“飾らない地のまま”の言動で演じて見せた。その、開けっぴろげさに、誰もがほだされ身を預けた。 ▽片やリアリストのモウリーニョは、良くも悪くも「信念の人」である。その信念にわずかなりとも異議を申し立てられることを好まない。どこか衝動的にも映るエキセントリックな言動も、必ずその裏には信念に基づいている。そして、それは今、ヨーロッパリーグ制覇にほぼ全面的にフォーカスされている。ある意味での天王山となったアーセナル戦に向けて「主力休養」を匂わせ、セルタをなんとか退けて“計算成就”を目前にした後も「たとえ(アヤックスとの)決勝に敗れて(チャンピオンズ出場を絶たれて)も「(ユナイテッド初年度采配の)成功と言ってはばからない」とうそぶく。ロマンティストは迷わず手を変え品を変え、リアリストは慌てず騒がず我が道を行く。前者は他人の評価など意に介さず(もしくは、そのフリを見せず)、後者は他人の評価の先を読んで利用しようとする。ただし、そんなモウリーニョ流がユナイテッドに“合う”かどうかは・・・・未解決の謎だ。すでに「石橋をたたいて渡る」その守備寄りの考え方は“合わない”と憂慮する声も出ている。多分“答え”はチャンピオンズ復活以降に見えてくるのだろう。さてその成果は?<hr>【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】 1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。 2017.05.14 13:35 Sun
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