【東本貢司のFCUK!】アラダイス・ショックの“深層”
2016.09.29 12:30 Thu
▽「この夏、イングランドは大恥をかいた。それが今は世界の笑いものになった」(ギャリー・リネカー)。「腹立たしい。嘆かわしい。夢にまでみた仕事をついに手に入れた男がまさかこんな“判断ミス”をしたのかと思うと眩暈がする」(アラン・シアラー)。「少しは同情しないでもないが・・・・FAに選択の余地はなかった」(ロビー・サヴェイジ)。「わたしはサムが好きだ。残念でならない。長年の夢が叶ったはずだったのに。わたしは今でも彼が好きだし尊敬している」(ジョゼ・モウリーニョ)。「とてつもない失望。サムに起きたことは本当に悲しむべきであり、そして誰にだって怒り得ることだ。サムは知らぬ間にその代償を払うことになった。プライバシーはもはや自宅の中にいなければ守られないものになった」(スティーヴ・マクラーレン)――。以上は、今夏悲劇的なユーロ敗退後、満を持して新たなスリーライオンズ監督に指名されたばかりのサム・アラダイスが、なんとわずか67日で辞任に追い込まれることになったことに対する感想の一部である。
▽現地報道によると、その「罪状」は次の通り。「サードパーティー(第三者:クラブ以外の投資ファンドグループなど)によるプレーヤー保有」は、2008年以降FAによって禁止されている(後にFIFAもこれに追随。なお、ミシェル・プラティニはUEFA会長時代に、この“慣例”を「奴隷制度」になぞらえて強く非難していた)が、某極東企業の代理人の依頼に応じて、アラダイスはこのご法度を“免れる迂回作戦”を指南する「アドバイザー」役としての契約(謝礼は40万ポンド)を結んだというのである。だが、この「代理人」と称する人物こそが実は『デイリー・テレグラフ』紙の記者であり、ロンドンとマンチェスターで二度にわたって行われた「会合の一部始終」は、テレグラフによってすべてカメラに収められていた! 要するに、英国一部メディアが得意とする、囮、いや「なりすまし」取材。思い出すのは、2006年W杯を控えた春先だったか、当時代表監督のスヴェン・エリクソンを襲った同種の罠(某中東ファンドの代理人と称する記者が、クラブ監督に鞍替えする意思を探ろうとした)。怒ったエリクソンは大会後の辞任を宣言した。
▽エリクソン事件については、さすがに(エリクソン失脚を誘導したい?)メディアの“勇み足”として顰蹙(ひんしゅく)を買ったものだったが、今回の場合は少し“趣き”が違う。テレグラフによると、過去1年近く前から追い続けてきた「フットボール界の腐敗と金権体質」取材活動の過程で、たまたまアラダイスの「不正疑惑」が網に引っ掛かったのだという。そして、そのタイミングが、FAによるアラダイス(代表監督)指名直後だったと仄めかせている。要するに、テレグラフの“言い分”はこんな風に読み取れるのだ。そもそも許しがたい不正だが、それが代表のボスともなれば大スキャンダルになってでっかいキズがつく。一方で、告発してから徒に時間がかかってしまうようだと必ずや、代表のW杯予選に差しさわりが出よう。一刻も早く「決着」をつける必要があり、それにはウムを言わせぬ「証拠」が欠かせない。そこで手っ取り早く囮取材で・・・・。テレグラフ自身がそんな“きれいごとの非常手段”を示唆しているわけではない。が、アラダイス本人が抗弁一つもなくあっさりと謝罪して解任に応じたことから、誰もが納得ずくの顛末ではないかと考えられる。
▽しかし、そうはいっても想像を絶するセットバックである。それこそアラダイス自ら「優柔不断」と批判したロイ・ホジソンの失敗から立ち直るべく、ほぼ全国民の希望の一身に集めていたはずの“切り札”が、思わぬ脇の甘さから自滅した格好で泣く泣く舞台から降りることになってしまったのだ。「思わぬ」といったが、これには一つ筆者に思うところがある。戦術論の筋立てはむしろ細心かつ執拗なくらいのアラダイスだが、その風貌からも察せられるように、豪放磊落、面倒見がよく人情に篤いと定評がある。すると、今回の「わざとらしい」とさえ思える「(指南なら)任せておけ、どこでもやってることだし」なる、甘い見立ては、実は親友で本件当事者の一人でもあったスコット・マッガーヴィーを「救済」したい一心からではなかったか、ということだ。もちろん憶測にすぎない。マッガーヴィーが困窮していたかどうかも不明。しかし、代表監督として3百万ポンドの年俸を取る男が、たかだか40万ポンドのために危ない橋を渡ったとはとても思えないのだ。
▽そう、「(アラダイスの行為が)指揮官として不適切」(FAチェアマン、グレグ・クラーク)であっても、指揮官としては「現状最適任なら、どうにかならなかったのか?」という、やるせなさが、すでに挙げたVIPたちの“感想文”からも、ましてや、FAのチーフエグゼクティヴ、マーティン・グレンの悲痛な言葉からもにじみ出てはいないだろうか。我々異国の部外者は言うに及ばず、おそらくテレグラフの摘発チームよりも、はるかにアラダイスの人となりを知っている人々だからこそ、彼らの胸の痛みは普通ではないはずなのだ。かくて、すべてはリセットされる。ひとまずはアンダーエイジ代表を率いるギャレス・サウスゲイトが兼任の形を取ることになった。その“期限”は10月のマルタ戦とスロヴェニア戦、11月に行われるスコットランド戦(以上、W杯予選)、対スペイン・フレンドリーの計4試合まで。その間に後継監督を探し出す使命を果たさねばならない。かのマイクル・オーウェンは、マルタ/スロヴェニア/スコットランドに連勝した暁にはサウスゲイトの“自動昇格"を凌ぐ最善策があるとは思えないと、力説しているが・・・・さて。
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】 1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。
▽現地報道によると、その「罪状」は次の通り。「サードパーティー(第三者:クラブ以外の投資ファンドグループなど)によるプレーヤー保有」は、2008年以降FAによって禁止されている(後にFIFAもこれに追随。なお、ミシェル・プラティニはUEFA会長時代に、この“慣例”を「奴隷制度」になぞらえて強く非難していた)が、某極東企業の代理人の依頼に応じて、アラダイスはこのご法度を“免れる迂回作戦”を指南する「アドバイザー」役としての契約(謝礼は40万ポンド)を結んだというのである。だが、この「代理人」と称する人物こそが実は『デイリー・テレグラフ』紙の記者であり、ロンドンとマンチェスターで二度にわたって行われた「会合の一部始終」は、テレグラフによってすべてカメラに収められていた! 要するに、英国一部メディアが得意とする、囮、いや「なりすまし」取材。思い出すのは、2006年W杯を控えた春先だったか、当時代表監督のスヴェン・エリクソンを襲った同種の罠(某中東ファンドの代理人と称する記者が、クラブ監督に鞍替えする意思を探ろうとした)。怒ったエリクソンは大会後の辞任を宣言した。
▽しかし、そうはいっても想像を絶するセットバックである。それこそアラダイス自ら「優柔不断」と批判したロイ・ホジソンの失敗から立ち直るべく、ほぼ全国民の希望の一身に集めていたはずの“切り札”が、思わぬ脇の甘さから自滅した格好で泣く泣く舞台から降りることになってしまったのだ。「思わぬ」といったが、これには一つ筆者に思うところがある。戦術論の筋立てはむしろ細心かつ執拗なくらいのアラダイスだが、その風貌からも察せられるように、豪放磊落、面倒見がよく人情に篤いと定評がある。すると、今回の「わざとらしい」とさえ思える「(指南なら)任せておけ、どこでもやってることだし」なる、甘い見立ては、実は親友で本件当事者の一人でもあったスコット・マッガーヴィーを「救済」したい一心からではなかったか、ということだ。もちろん憶測にすぎない。マッガーヴィーが困窮していたかどうかも不明。しかし、代表監督として3百万ポンドの年俸を取る男が、たかだか40万ポンドのために危ない橋を渡ったとはとても思えないのだ。
▽そう、「(アラダイスの行為が)指揮官として不適切」(FAチェアマン、グレグ・クラーク)であっても、指揮官としては「現状最適任なら、どうにかならなかったのか?」という、やるせなさが、すでに挙げたVIPたちの“感想文”からも、ましてや、FAのチーフエグゼクティヴ、マーティン・グレンの悲痛な言葉からもにじみ出てはいないだろうか。我々異国の部外者は言うに及ばず、おそらくテレグラフの摘発チームよりも、はるかにアラダイスの人となりを知っている人々だからこそ、彼らの胸の痛みは普通ではないはずなのだ。かくて、すべてはリセットされる。ひとまずはアンダーエイジ代表を率いるギャレス・サウスゲイトが兼任の形を取ることになった。その“期限”は10月のマルタ戦とスロヴェニア戦、11月に行われるスコットランド戦(以上、W杯予選)、対スペイン・フレンドリーの計4試合まで。その間に後継監督を探し出す使命を果たさねばならない。かのマイクル・オーウェンは、マルタ/スロヴェニア/スコットランドに連勝した暁にはサウスゲイトの“自動昇格"を凌ぐ最善策があるとは思えないと、力説しているが・・・・さて。
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】 1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。
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