【東本貢司のFCUK!】“勇”情と決意の二都物語
2015.11.18 12:00 Wed
▽ある意味で「世紀のゲーム」と呼ぶこともできる。一方で、ただでさえ存続に懐疑論が絶えない代表戦フレンドリーマッチの中でも、これ以上に無意味な試合もあるまいとの声も少なくない。ユーロ2016本大会開催国フランスを、グループ予選10戦全勝のイングランドが迎えての「強化」ならぬ「形式」試合。勝敗はおろか、たとえ一度や二度、いずれからのゴールシーンが生まれたところで、いったい誰が心の底から祝福できるのだろうか、と。それどころか舞台は、花の都パリを129名もの尊い命の血で汚した残虐きわまりない多発テロ攻撃からわずか3日後のロンドン、もしも報道にある「犯行声明」通りなら、次なるターゲットになってもおかしくないウェンブリー。だが――果たせるかな「イスラム国」に敢然と“宣戦布告”したフランスにとってここでも矛を収める訳にはいかなかった。そしてイングランドもそれに応えた。かくて、スピリチュアルな歴史的一戦が・・・・。
▽その実、フランス代表のメンバーは内心やはり気もそぞろで「進んで」という心境ではなかったようだ。テロの被害、その非道な爪の跡によるダメージは当然今もわずかなりとも消えていない。まだ「終わった」わけではないのだ。できることなら掛け替えのないそれぞれの家族や親類のもとを離れたくはない。事実、元チェルシー/アーセナルのラサーナ・ディアラは襲撃で従兄弟を喪っている。アントワン・グリースマンの姉妹も命からがらコンサート会場から脱出する恐怖を味わった。それでもウェンブリーに彼らがやってきたのは、故国の政府と協会の「決意」に背を向ける訳にはいかなかったからだ。誇り高い三色旗を背負っているからだ。ゆえに、スリー・ライオンズとFA、およびイングランドサポーターたちは、その悲愴な思いの丈を汲んだ。ウェンブリーのアーチは青・白・赤のライトアップに染まり、覚束ないフランス語で急ぎ覚えた「ラ・マルセイエーズ」を唱和した。同夜後刻、ボローニャのイタリア-ルーマニア戦でもほぼ同じシーンが見られたが、ベルギー-スペイン、ドイツ-オランダ戦はセキュリティー上の問題で中止されている。
▽1998年W杯優勝メンバーの一人、ビセンテ・リザラズは同夜のフランスTV局実況席でこう述べた。「まともな精神状態で(我がチームが)プレーできるとはとても思えない。中止されるべきだったかもしれない。それでも(我々は)ここ(ウェンブリー)に立ってプレーしなければならなかった。これは、フランス人のみならずヨーロッパ人全員がこれからも生き抜いていくというメッセージなのだ。自ら立ち上がって人生を変えていくという心を確認するために(我々は)プレーするのだ」――多くの人々がその思いを一つにして賛同したことだろう。FIFA会長選に立候補中のジェローム・シャンパーニュもほぼ同じ論調で語っている。なにしろ、来年のヨーロの舞台は他でもないフランスなのだから。フランス協会は即時「予定通りの開催」を宣言し、UEFAもそれを確認した。しかしもちろん“確証”は何もない。元代表で、フルアムやマン・ユナイテッドでもプレーしたルイ・サハーはどうにも不安をぬぐいきれない。「本当に、本当に大丈夫だろうか・・・・」
▽試合の結果は――2-0。ホスト国の新星、スパーズ・ニューエイジのホープでこの試合が代表デビューとなったデレ・アリが、目の覚めるスペクタクルな先制ゴールをたたき込み、ルーニーの代表51ゴール目まで演出して、文句なしのマン・オヴ・ザ・マッチに。また、絶対守護神ジョー・ハートを脅かすジャック・バトランドも華麗なセーヴを決めて、最近の好調さを証明した。さてさて、この新人2名が来年のフランスでサプライズ・ニュースターとなって名を上げるのかどうか(そもそも、起用されるのかどうか)・・・・などという希望と期待へのトーンも、当然、いつもほどには上がらない。ただ、せめて、ある観戦者のツイートに見られたこんな言葉をここに書き留めておこう。「新たな黄金のジェネレーションは二、三年のうちに花咲いてくれるかもしれない」。フランスでは後半に登場したポール・ポグバが改めて目を惹いた。アリとポグバは近い将来、英仏を背負って立つ新世代のスーパーライバルとして、世界中から熱い目が注がれるようになるかもしれない。
▽このインタナショナルウィーク、本来のメインイベントだったユーロ・プレーオフ(4カード/全8試合)が本日終了、出場32か国が出そろった。“勝者”はハンガリー(対ノルウェー)、アイルランド(対ボスニア)、スウェーデン(対デンマーク)、そしてウクライナ(対スロヴェニア)。いずれも激戦続きだったことは、改めてヨーロッパ内の実力格差がなくなりつつあることを実感させるものだろう。その一方で、今回のユーロが代表キャリアの花道と噂されているズラタン・イブラヒモヴィッチが貫録の2ゴールで存在を誇示。デンマークも終了間際にその2点ビハインドを帳消しにする怒涛の粘りを見せたが、わずかに及ばなかった。そしてアイルランド。最悪の死のグループにて辛うじてプレーオフまでこぎ着け、悲願を果たした感激を噛みしめる、マーティン・オニールとロイ・キーン。これで、イングランド、ウェールズ、北アイルランドとともに英国圏からは4か国の揃い踏み。独りカヤの外に置かれ格好のスコットランドには改めて捲土重来を期待したい。
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】
1953年大阪府生まれ
青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。
▽その実、フランス代表のメンバーは内心やはり気もそぞろで「進んで」という心境ではなかったようだ。テロの被害、その非道な爪の跡によるダメージは当然今もわずかなりとも消えていない。まだ「終わった」わけではないのだ。できることなら掛け替えのないそれぞれの家族や親類のもとを離れたくはない。事実、元チェルシー/アーセナルのラサーナ・ディアラは襲撃で従兄弟を喪っている。アントワン・グリースマンの姉妹も命からがらコンサート会場から脱出する恐怖を味わった。それでもウェンブリーに彼らがやってきたのは、故国の政府と協会の「決意」に背を向ける訳にはいかなかったからだ。誇り高い三色旗を背負っているからだ。ゆえに、スリー・ライオンズとFA、およびイングランドサポーターたちは、その悲愴な思いの丈を汲んだ。ウェンブリーのアーチは青・白・赤のライトアップに染まり、覚束ないフランス語で急ぎ覚えた「ラ・マルセイエーズ」を唱和した。同夜後刻、ボローニャのイタリア-ルーマニア戦でもほぼ同じシーンが見られたが、ベルギー-スペイン、ドイツ-オランダ戦はセキュリティー上の問題で中止されている。
▽試合の結果は――2-0。ホスト国の新星、スパーズ・ニューエイジのホープでこの試合が代表デビューとなったデレ・アリが、目の覚めるスペクタクルな先制ゴールをたたき込み、ルーニーの代表51ゴール目まで演出して、文句なしのマン・オヴ・ザ・マッチに。また、絶対守護神ジョー・ハートを脅かすジャック・バトランドも華麗なセーヴを決めて、最近の好調さを証明した。さてさて、この新人2名が来年のフランスでサプライズ・ニュースターとなって名を上げるのかどうか(そもそも、起用されるのかどうか)・・・・などという希望と期待へのトーンも、当然、いつもほどには上がらない。ただ、せめて、ある観戦者のツイートに見られたこんな言葉をここに書き留めておこう。「新たな黄金のジェネレーションは二、三年のうちに花咲いてくれるかもしれない」。フランスでは後半に登場したポール・ポグバが改めて目を惹いた。アリとポグバは近い将来、英仏を背負って立つ新世代のスーパーライバルとして、世界中から熱い目が注がれるようになるかもしれない。
▽このインタナショナルウィーク、本来のメインイベントだったユーロ・プレーオフ(4カード/全8試合)が本日終了、出場32か国が出そろった。“勝者”はハンガリー(対ノルウェー)、アイルランド(対ボスニア)、スウェーデン(対デンマーク)、そしてウクライナ(対スロヴェニア)。いずれも激戦続きだったことは、改めてヨーロッパ内の実力格差がなくなりつつあることを実感させるものだろう。その一方で、今回のユーロが代表キャリアの花道と噂されているズラタン・イブラヒモヴィッチが貫録の2ゴールで存在を誇示。デンマークも終了間際にその2点ビハインドを帳消しにする怒涛の粘りを見せたが、わずかに及ばなかった。そしてアイルランド。最悪の死のグループにて辛うじてプレーオフまでこぎ着け、悲願を果たした感激を噛みしめる、マーティン・オニールとロイ・キーン。これで、イングランド、ウェールズ、北アイルランドとともに英国圏からは4か国の揃い踏み。独りカヤの外に置かれ格好のスコットランドには改めて捲土重来を期待したい。
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】
1953年大阪府生まれ
青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。
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